2006年12月29日

それでも道は忘れざりけり

日本は古来どのような国であったのか 神仏の守護し給う国だった

時には厳しい指導もあった 間違えば それなりの鉄槌もあった

すべては 知らしめんが為だった

かつて 平和な暮らしがあった 何時しかそれを忘れてしまった

人間の計らいの故だった あるいは 欲得支配の故だった

しかし それも 見直される時が来る 今がその時である

そのために 一人子を 送り込む 彼に託するのだった

だが その彼はそれを知らない 知らないままに導かれる

使命に価する試練がある それを 手探りで切り抜けなければならぬ

予定では 30年前に 彼は目覚めることになっていた

しかし これが 面白い 予定が狂ってしまった

その後 日本は漂流した 世界も漂流した どうして良いのかわからないままに

羅針盤を失ったかのようだった その間 あらゆることが腐敗した

これがまた 運命 だった 時は間違っていなかった

  水鳥のいくもかえるも跡絶えて それでも道は忘れざりけり

その道を思い出すのだった それは絶えた道だった

その道を知るものがいる かつて 歩んだ故だった

さて 帰りなむ いざ

2006年12月28日

幸せの方程式

幸せとか不幸せとか 考えることもなかった

幸せの方程式はあって その解は すでに 解かれていた

私の場合は 佛さんだった 聞いて 実行するだけでよかった

如是我聞 〜 歓喜奉行 の 函数 だ

自ずから結果は出る その間に 何かを付与する 

それが 考えることだった それは必要ではなかった

真実を前に 何を右往左往していたのだろう

真実と気づいたなら 疑うことはない 猪突猛進でいい

また これが 己を賭けることになる 大死一番となる 命を賭ける

  飛び込んだ重さで浮かぶ蛙かな

飛び込むわけだから 命を落としたかに見える

しかし そこが不思議である 羅刹に身を投げた仏陀の前身は 帝釈天が掬い受ける

此処に至って カクネンムショウである 天晴れとなる 絶後に蘇る

そして 自分の我見が すべて間違いであり 災いしていたことを知る

世間虚仮 である それから 唯仏是真 となる

で 悪いのは自分であった すべての計らいが 困苦の原因であった

ここから 仏に帰依することになる 人間は自ら出づることあたわず

ただ善業の因縁より出でたり 善は仏さんの所にしかない

そして 信じるに至る 信を以て入ることを得たり

すると 至道無難  である 救う救われる とか 恨む恨まれる とか

護念するものは護念される すべて法則通りである

結局 幸不幸も 自分次第である 困る自分について 原因は自分である

悪いのはすべて自分である

自分に素直であること に 少しの勇気 これで 十分だった すべては足りている

自分が持って生まれたもの それで 十分に 与えられていた 

今まで何をしていたんだろうね

何もかも捨てて 軽くなって この身一つで 飛び立つ頃だ 皆で飛び立とう

モーゼの杖はつかれた 新しい大地が開けた 自由は自由が切り開く

自分の花を咲かせる

住めば都という 数多の望郷の詩がある 見える世界と見えない世界がある やがて見えない世界に帰る この世で何を見つけるか 過去の自分を見つける そして この世においての土産とする 生きていくとはどういうことであったのか 過去からの魂の遍歴の一部だった 前世はある 来世はある これが前提である 此処に思い至れば この人生如何に生きるべきか わかる およそ悪は為せない その為には知性を要する 此処を知ることを以て知性という 世の学者の知性が知性ではない この世に生まれて何をしているのだろう 何を追求しているのだろう 本来の目的は何であったのか この世に生まれて何をするべきだったのか 皆 何も見えていない 洞窟の中の目のない魚のようだ 自己を発見することだ そしてその自己を生きることだ 何も怖じることはない 自分を咲かせればいい どんな花でも良い 勇気を持って咲けばいい 所詮親も知らない持って生まれた自分の花だ それ以外に咲けはしない 今年もこれで終わろうとしている この一年 これまでになく大きな仕事をした しかし 帰り来たれば別事無し これまでと同じ日常がある しかし 何かが違う それは何か 自信を取り戻した どんなことがあっても立ち向かえる自信である もはや敵はいない 最大の敵を倒した それは自分自身だった 木鶏といえども相手ではない 2007年 勝負の年となる 日本が変わる 世界が変わる 新しいパラダイムが動き始める すでに準備万端 黄泉の守護及び協力も取り付けてある 大きな戦いとなる 自由は自由が切り開く 真実の自由が何であったかを知る時が来る 仏法は必ず勝つ 王法は必ず儲ける 仏法は王法に合した 王法は仏法に冥した 王法は生きるべき時代を見出した 天地をつなぐを以て王とする 仏法とは何か 一切大衆を救う 良い時代が来る 歴代の願いと祈りが成就する その時を迎えようとしている 21世紀は心の時代 約束は果たされた 古来大和日本復活である 世の腐敗を一掃する ところで 開発するべき周波数がある 宇宙自然生命黄泉に通じる周波数である これを開発することであらゆる動植物及び鳥類並びに岩石と対話できるようになる それはやさしい周波数である 人間はそれを忘れてしまった 貪瞋痴は三悪と言われる これが人間の実体である 必要以上に生命及び物質を犠牲にする これが貪りである それでお金持ちとなっている 目がマジになっている 瞋である これが破壊及び阿修羅の周波数である 戦争などその最たるものである 人を殺す その時の周波数である それは 自然に影響する 戦後すぐに枕崎台風があった 何であったのか そして 真実を知らないこと これが 痴 真実とは何であったか 神仏が現実に存在することである しばらく忘れていた それで 悪の限りを尽くした そして 悪があふれ始めた これが 時が満ちたということだった しかし この故に 再び 気づくのだった 何に気づくのだろう 真実である そして 仏の周波数というものを思い出す それは 音声にある やさしい音声がある 隻手の音声である これを開発する どのようにして開発するのだろう そこが修業である そして それは有る 開発するべきはこれである そして 自分の花を咲かせる しばらく忘れていた これが 日本古来の秘密だった 忘れていただけである 思い出せばいい 幸せな日々となる 間違いない 実証済みである 古来伝えられていたことである 夢の世界が開かれる 真実である 

2006年12月27日

封印

ブレ−ク
われに心の悦びと
心のすこやかさあり
われの愛する妻ありて われを愛す
わが身体 これすべて実なり

おのれを愛するほどに他を愛し
他をあがむるものはなく
おのれほど偉大なるものを
知ることあたわず

本来の自分に戻ろう 今更失ったものは失ったものである 壊れたガラスコップは元には戻らない 新しいガラスコップを作ればいい 本来の自分に戻ればいい それで 新しく日々を始める 持って生まれたものがある それを大切にすること そして その華を咲かせること それが人生だ あまりにも主体性を失っていた あまりにも他に依存していた あるいは 期待していた ないものねだりだったね 本来の自分を生きればいい すると 見えない世界からの声も聞こえてくる 風の音にも気づくようになる 魂の詩も聞こえてくる それを信じて生きる 過去からの守護もとりつけることができる 未来も明るく見えてくる 本来の自分を取り戻す それですべて解決する 道は開ける 古来伝えられてきた幸せの法則だ 舌切り雀で良いんだね 誰も知らない 知るべくもない しかし 天は知っている 天も認めた それで良い 汝自身を知れ 何を知るのだろう 云えば不遜 云わなくていい それぞれの魂が輝く 限りなく美しく輝く お金では買えないね 美容整形も出来ないね 嘘が無くなる時 個々の魂が輝き始める この世における 古来本来大和の魂は何であったか あるいは 誰であったか 日本は待っていた その魂が目覚める時を そして 世界も待っていた その魂が目覚めた あらゆる艱難苦難を乗り越えて帰ってきた 因って未来は明るい これまでの虚妄と身勝手はこれより一切通らない 何故か 黄泉の守護し給うところである さてすべては知らしめんが為だった 誰に何を知らしめんとしたか 壮大な真実の時代プログラムであった 真実として輝く この意味解するか 代々大和の掟である 古事記以来の秘密である これにて一件落着 日本は無事禅譲成就した 因って 封印である 祖父の時代もそうであったのであろう 父の時代もそうであったのであろう 幼い頃私は祖父に育てられた ある日父は云った 自分もお前と同じだったと 原点はしかと此処に定めおく スタッフ一同 まかせたるのみと この世の使命は確かに果たされた これより私は自由である 祖父の如く 父の如く ダルマは二祖に法を伝えた後 徳利をぶら下げて 天竺へ帰った キリストは磔の後 復活した 温かい家庭に帰ったのかも知れぬ そして 一切種智慧法華経宿王華開花 開花したなら咲いていればいい 私のホームページも復活させる 何も気にすることはない 咲くまでの青春である あるいは 修業である 何の華を咲かせるのか 己の持った花である ランボーな『悪の華』など咲かせぬように しばらく本末転倒支配の世の中だった 諸価値が転倒して腐敗した これよりそれが正される 時は満ちた それぞれの自覚が開花する 良い時代となる 人類の願いと夢が実現する その為のしばらくの腐敗だった 故に天の岩戸も開かれた だれもどうしてよいのかわからなかった 自信を失っていた 基準がなかったからである 基準が復活した それは 古来大和の秘密であり掟だった 日本は日本であった すでに世界は認めている

花無心招蝶    花 無心にして蝶を招き
蝶無心尋花    蝶 無心にして花を尋ぬ
花開時蝶来    花 開く時 蝶 来り
蝶来時花開    蝶 来る時 花 開く
吾亦不知人    吾れも 亦 人を知らず
人亦不知吾    人も 亦 吾れを知らず
不知従帝則    知らずして 帝則に従う    (良寛)

日々を作る

これからの日々 明るく楽しく 一日一日を 作っていく

それで良いのだと思う それだけで 良いのだと思う

今日が明日を作る 未来を作る 

日月照らし風が吹く 自然と共に 生きていく

今も昔も 変わりはしない 何か間違っていた

間違っていたのだったら 正せば良い 謝れば良い

謝るとは 失われた何か大切なことを とりもどすこと

自分だけが救われても 幸せはない

周りが幸せである時 その中の自分も必ず幸せである

そのために 自分が変わる 自分が変われば世界が変わる

悪に対して傍観するのは 悪に荷担したことになる

皆 心を持っている 心に訴える 心は本来美しい

カルバン以降の利益追求主義が 心を惑わせた

そして 苦しい世界となってしまった 本来日本にヒントがある

自分の心が羅針盤だ 自分の感性に正直になる 

やさしくなれる 笑顔が来る それで すべては解決する

やがて 神仏との邂逅が来る そして すべてを知る時が来る

どうあるべきか

妙好人ということがある ただ何も考えることなく 仏と対話する

本当に救われた状態である 知性ではない 感情でもない

子供の頃から その特殊性を感じていた しかし それを表現できなかった

自分で自分を疑うのだった 自分をも壊した

しかし 真実は何時か現れる すべては 知らしめんが為だった

何を知らしめんとしたか 言えば不遜となる そうした真実である

それとも はっきりと 言うべきなのだろうか なんて言うのだろう

いずれにしても 自覚するべきは自分だった 戦いの相手は自分だった

誰が悪いのでもない 悪いのは自分だった 代々のことだった

そして ここにきて 確信している 確信してはいるのだが これからをどうしよう

『道程』の詩 となってしまった レベルはそれより高い次元で

どういうことだろう こんな馬鹿な話があったろうか

どれほどの方が理解してくれるだろう 少なくとも 私の現実周囲は理解しない

私にどうしろと言うのだろう 荷は重い すでに降ろしたはずではあるが

しかし 秘密に気づいている 不思善不思悪 それが平和であると

しかし 世間の身勝手の事実がある これを如何せん 

今宵もアオサギが鳴いていた 夜の海で 遠くの製鋼所に炎が上がった

偶然なのだろう しかし すでに 気づいている 自分が何者であるかを

そして それにしても 働けど 我が収入は ない 

よほど 戒められたと見える しかし 気楽になることである

少なくとも 私はならなければならない なれば すべてがうまくいく

しかし それにしても 失ったものが多すぎる

失ったのではあるが 未来は開かれた 本当だよ

私は復活する もはや 敵はいない 私に刃向かえるものはいない 失うものはない

私は生まれた時から孤独だった 解かねばならぬ謎があった

棲むべき空間はなかった そして思う やはり 裏切り者は容赦しない

誰を裏切ったのか 本来古来大和の精神を裏切った 

これまで何度も言った 勝負するのかと

されど 勝手気ままを続けた そして どうなったか この現実を見よ 

2007年 決着をつける 潔き大和の精神は生きている

仏はゆるしても 本来古来大和の精神は ゆるさない 

明治以降ペリー来航に乗じた 汚く儲けてきれいに使うとする

商人根性腐敗増殖の勝手が過ぎた

ところで この年頭に掲げた五首の短歌があった この願いが成就した

そして この一年 自己証明の旅があった

それで 自分が何者であるかを知ったのだった 力も得たのであった

疑うも否定するも自由である しかし 責任を伴う もはや時代はシフトする

故無きことではない 明治維新をも超える パラダイムの大転換が起きる

あらゆる制度が限界に達した 或いは腐敗した 小手先の修正では機能しなくなった

理由は何か 健康破壊及び環境破壊並びにあらゆる犠牲 の上での利益

既存利益の上に眠るものたちの終焉である

2006年12月26日

世直し

何故困ったことになったのか。どうして苦しまなければならないか。過去からの悪業の因縁だ。これを解結しなければならない時を迎えた。悪が積み重なってあふれ始めた。何をしても悪の結果となる時代となった。どこかで大掃除をしておかねばならなかった。それをしないままここに至った。自分たちのしでかした結果である。自分たちで解決するしかない。佛さんが悪いのでも神さんが悪いのでもない。人間が悪い。方法はある。佛さんが知っている。あやまることでゆるしてもらえる。皆が幸せとなる世の中を作る。それがあやまるということである。佛さんのところで聞いてきた。自分だけ助かろうとしても駄目である。世のセレブ諸君、覚悟あるべし。それぞれの処したる人生、すべて、天はお見抜きお見通しである。天王仏も修行を終えて目覚めている。

2006年12月25日

夢の成就

人生ここまで辿り着いたの観がある。およそ自分としても驚いている。しかしここに至って全てがつながった。幼き頃から青春の頃、そしてここまで孤独に彷徨わなければならなかった理由、過去からの事柄があったのだった。そこには誰も知り得ない秘密があった。それ故の事があった。そして、その夢は成就実現したのだった。今日は25日。法華経第二十五は観音菩薩品である。世を救う観音菩薩の涌出誕生である。 地蔵菩薩のおおもとは地蔵尊。地蔵尊は閻魔大王でもある。さて、地蔵菩薩はお耳が遠い。故に観音菩薩がお伝えする。地蔵菩薩は地獄を救う。世が救われる時を迎えた。これより実行段階に入った。スタッフの方々は燃えているようである。ありがたいですね。いい時代が来ます。夢の世界が開けます。本当の幸せの花々が開くのです。 2007年。新しい時代の開幕です。楽しみですね。

2006年12月24日

明るい未来

私のホームページは閉鎖した。しかし、その精神は生きている。貴重な記録が黄泉に成された。見える世界からは葬られた。そして謎となった。既に証明は果たしたからである。閉鎖した理由はある。今は述べない。しかし、真実は真実である。これより真実の華咲く世の中となった。しかし、その真実を知らない世間である。笑止千万。しかし、知る人は知ると信じる。とんでもない時代となった。神仏揃い踏みの稀有なる時節を迎えた。それだけは事実である。そして、未来は明るい。何故か。時代の約束が成就されたからである。そしてひとつの選択が成されたからである。今までの本末転倒身勝手は一切通らない。今に思い知る。眼光紙背に徹する。浮かれた時代とその推進者たちは淘汰される。何を言っても己の限界がある。それを知らずに無神論者或いは思い上がったものたちの時代だった。宇宙自然生命黄泉に掟がある。秩序がある。それを無視した。世の学者たちもその例外ではない。真実を知らずにこの世を去るがいい。世を間違えた方向に導いたその罪は甚大である。いい加減なことをしてきたものである。これよりそれが思い知らされる。総懺悔である。お客様は神様だと言われた。皆、今そう思っている。ちがう。お客様の中に神がいるかも知れない。神の意志は実現する。神の言葉はロゴスである。神を苛立たせないことである。何が起こるかわからない。神とは自然である。神は合理的ではない。むしろ感情的である。神が苛立つ時、自然が苛立つ。神はいつも存在しているとは限らない。しばらく存在していなかった。故に、人間の横暴によって自然が破壊された。時を得て神も現れる。自然も待っていた。ヨハネの黙示録を見たいのか。慰めるべきは神である。この世の腐敗に神は苛立っている。人間の身勝手に神は苛立っている。いつまでも今までと同じとは思わないことである。神は知性を喜ぶ。下手なお笑いに興じることはない。お笑いを好む。その時点で品格が問われる。お笑いの増殖に辟易としている。お笑いで根本的な解決があるか。あるというなら証明するがいい。お笑いの後で泣いていないか。何よりも悲しい目をして笑っていないか。酒浸りと同じではないか。それでは不幸に決まっている。勝ち組負け組。何を基準に言っているのか。これよりその嘘が暴かれる。それぞれの罪がある。罪であるなら裁かれる。裁くのは国家にしかできない(『悲の器』)とした高橋和己氏にも限界がある。裁くのは神であり自然である。そこより逃れる方法はないのか。ある。どこにあるのか。探すべし。縁をたぐれば見つかる。また、子孫を救うのは祖先である。しかし祖先は戒められ縛られている。これを解放せよ。その方法もある。因縁解決である。これも探すべし。こうしたことを知らずに勝手なことは言わぬがいい。いずれにしても法則通りである。宇宙自然生命黄泉に法則がある。そのひとつが因果応報である。あるいは、六道輪廻である。それを無視した。その結果どうなるか。腐敗であり、堕落である。現代世の中である。すでに罪を犯した。謝るしかあるまい。世の経済界財界及びテレビ芸能界に申す。勝手が過ぎた。懺悔あるべし。ただではすまぬ。時代の書き換えが始まった。時は満ちた。これがフォトンベルトである。あらゆる悪が裁かれる。悪とは何であったか。犠牲を伴うことである。世のセレブは何を犠牲にして利益としたか。それが問われる。平家は何故没落したか。武士でありながら貴族化したからである。もはや既に犯した罪に対して一切言い逃れはない。犯した罪の事実歴然である。正直の故に貧しきものたちは幸いである。神仏が守護する。嘘欺罔妄念及び暴力の時代は終わった。この世で処した人生が問われている。ゲームオーバーである。そしてリセット。新しい時代が始まった。この時代の変化に気づくものたちは幸いである。時代のルールが変わったのである。真実復活である。ところで、真実の神は邪魔するを容赦しない。本来古来卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本の精神はヤワではない。当事者でなければわからぬ真実の掟がある。見直すべきことが多い。日本の神が本当に苛立つ前に。勝負にならない。武士道精神が既にそれを証明している。世界は既にそれを知っている。そして待っていた。それが世界と真に合流する日を。そして合流した。因って未来は明るい。意識において有史以来はじめてのことである。真実の神が腹を決めたらどうなるか。黄泉自然が従う。大陸を沈めることもわけないことである。何を思い上がっているのか。そうした力がこの世に存在しないというか。そう言い切れるか。故に神を畏れよとは言われてきたのではなかったか。 神も修業する。その力はどのようにして得られるか。処女受胎である。マリアの秘密である。或いは芥を払うこと三十年である。或いは如来である。如来は如来でなければわからない。まだわからぬか。

観念する時

満天の星空を 初めて見たのは 2001年1月2日

鹿児島長崎鼻だった こんなに星があったとは 驚きだった

今 我が人生を振り返る その時を 迎えた 人生五十年

振り返って いいのである 思えば長い道のりだった

あまりにも 孤独であった と云える

そして 気づけば 辿り着いて いた

君とはだれであったのか 君が代とは何であったのか 永遠の謎だった

しかし その謎も 謎であるならば 誰かが解かねばならぬ

解くものは誰であったのか その解く鍵は何であったのか

即ち 家伝秘伝直伝螺鈿の槍と千畝の肖像画だった

しかし それが粗末にされていた 明治以降のことだった

しかし しかるべくして その謎は解かれた もはや観念する時である

未来の扉を開くこと それは 世界の願いだった

願いであるなら 誰かが それを 実行しなければならない

そのためには 力を要する 人生を賭して 青春も失って

そのために生まれる 一人子 がいる 世界の賭けであった

その夢は 開かれた 賭けに成功したのである 

故に やはり 裏切り者は 容赦しない 何に対して裏切ったのか

古来本来卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本の精神に対してである

すでに汚れた者たちに用はない 修行してきれいになるならば別論である

2006年12月23日

笑顔と共に

書くべきことは書いた 証明すべきは証明した

これ以上書くと 誤解を生む もうこれでいいのだと思う

アオサギが鳴いてくれる 夜の港に遠くの製鋼所から炎が上がる

ジェット機は飛んでいるし ノラのネコ がすり寄ってくる

そして 日月照らし 風が吹く もうこれでいいのだと思う

今までもそうだった これからもそうである 誰も知らない

されど 日月照らし 風の吹く すべてをゆるせる時節を迎えています

もはや どのような迷いもなくなりました 青い空に白い雲

何も考えることなく 生きてゆけるといいね 日々刻々を 笑顔と共に

未来へ向けて

日月照らし、風が吹くところまでは来た。ここに来て、この道は正しいと確信している。しかし、いよいよ、これからである。未来へ向けて地図はない。羅針盤は自分自身である。宝は見つけてある。これより、それを求めての旅となる。正直者のこうべに神は宿る。人類の夢とは何であったのだろう。神仏との邂逅ではなかったか。祖先が子孫を護る。それを実感することではなかったか。あまりにも刹那的な欲求快楽主義の時代だった。少なくとも、それは滅亡への道である。それを知っただけでも幸いとしなければならない。感じてはいた。だが、ここまで腐敗してしまった。そろそろ限界だよ。それぞれ気づいていることがあるね。言わないでいると、悪に荷担したことになる。これより、そういう時代である。人類も進化した。民主主義も進化する。主権在民。個々の国民が責任を担う。良い意味での個人主義が成熟していく。庶民が解放される。ところで、今、本末転倒している。どういう意味か。愚か者の支配となっている。これを取り戻さなければならない。あまりにも知性が怠惰であった。そして愚かさに対して無防備であった。いつの間にか愚かさの天下となっている。オンブズマン等の民衆参加がむしろ行政を混乱させていないか。あまりにも愚かさに対して期待していないか。いずれにしても全体として嘘が多すぎる。見直すべきことが多い。一つの問題を解くことがどういうことか。複雑さの中でどのようにして解答への道を見つけるか。愚かでは見つかりはしないよ。それは知る人は知っているよね。愚かは自分が愚かであることを知らない。大人になって、皆、自分と同じだと思っている。大きな間違いである。学校時代の成績の差は成績の差である。そして究極の知性とは何であったか。神仏との邂逅であった。そして神仏の守護は確かにあるのだった。それが魂の故郷への回帰であった。大和の秘密だった。

2006年12月22日

身心脱落 脱落身心

道元の説いたことに 身心脱落 脱落身心 がある この意味を解するものあるか

さて この 身心脱落 脱落身心 は 何か すなわち カクネンムショウ

解縛ということがある それである 坐禅で坐って 何をするか 身心脱落 脱落身心

すると どうなるか 一つの現象が 起きる 

その体験を通して 己の悟り を知る あるいは 黄泉の威力 を知る

2006年12月21日

本来日本

日本は本来どのような国であったのか 卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本

しばらく その種は埋もれていた 芽を出せない時代だった ペリー来航以降のことだった

文明開化で西洋化しようとした すでに 西洋は19世紀に没落していた

その延長線上での戦争もあった そして ヒロシマに原爆だった

何故 ヒロシマ だったのか 敷島 霧島 ヒロシマ 

本来日本は どのような国であったのか 神国 だった

しばらく何故神風は吹かなかったのか 本来大和を裏切っていたからだった

しかし 種は遺されていた それが 芽を出した 即ち 一切種智慧法華経宿王華開花

鎌倉以来のことだろうか 日本精神もハラが決まった

本末転倒の世は終わる 或いは 終わった 日本の真実が開花した

本来日本が還ってきた 魑魅魍魎の時代は終わった 未来をこれより切り開く

胡蝶の夢が実現した 宇宙自然生命黄泉の守護するところである

もはや どうにもならぬ 天の岩戸は開かれた それ故の本末転倒腐敗だった

これほど 精妙なプログラムであったとは 誰もが驚いている

しかし 知らない者は知らない 仕方ない 所詮 縁 の 問題である

時代は代わった 無事平穏に 変遷した 江戸無血開城の精神は生きていた

これが 禅譲 である 新しい時代は開けた これより 実現する

何故か それが 黄泉の意思であるからである 誰も逆らえない 完璧である

日本の精神が 目覚めた そして 自覚復活した 自然が証明している

女の妄念の時代は終わった それに迎合した文化は終わった 男の復興である

女は業が深い それ故の化粧である しばらく女の時代だった これからは違う

何故か 本来正直を取り戻した日本男子が目覚めた そして自覚した 

潔き大和の復興である 汝自身をわかってしまった 一つの時代の物語が終わった 

そして 新たな物語のはじまり である これまでの概念は一切通らない 或いは 通さない

神仏といえども 邪魔する無し これまで勝手に奪いしもの すべて 返還して頂く

本権よりの 一括返還請求である すべての諸行 天に記録がある

孤軍奮闘勉励克己 天下が定まった 宇宙自然生命黄泉の守護し給うところである

2006年12月20日

夢は実現する

皆 自分の枠で 物事を判断している 既に 矢は新羅を越えた

昨日の概念は もう 古い 何故か 今日の自覚が自覚するからである

宇宙の秘密がある 日本の秘密がある 誰も知らない 大鏡

自覚が どんどん 進化している 芽を出したのだ そして 成長し始めたのだ

新しい時代が始まっている 満を持してのことだった 黄泉も喜んでいる

佛は自分のためにだけ法を説くと言ったのは親鸞だった どういう意味か

禅では 一箇 半箇 を 打ち出す 宝は自覚を以て宝となりその力を発揮する

いくら持っていても 宝の持ち腐れ では 意味がない 意味がないことをしても意味がない

それぞれ 主義主張がある それぞれ 自分を語る そして 自分で自分を限界づけている

夢は 実現する 実現しない夢はない 何を夢見るか 何を追求するのか

真実は 時が至れば その姿を 現す その真実とは何か

要は ハラを決めることである 心を決めることである この世に怖れるものなど何もない

そうした 真実自由がある 敵はない あっても 相手にしなくて良い

何を言っているのだろう 言葉の端々に その本質が見え隠れしている 

黄色いお足が見えている

それに 気づかない これが 露 何を言っても駄目である 自分で自分を白状している

自分の分際に気づいたものが勝ちである 勝負は構えた時に決まっている

さて 何を 心に起こすのかな 今日のあなたの夢は何ですか 夢は実現するのです

そのパワーは何か 信 何を信じるのか 子孫を護るのは祖先である

祖先を解き放て その方法は何か 佛さんに聞くしかない この力で夢が実現する

祖先は何をしてきたのか 何を 我々に 伝えていたか 自覚して知る 何を自覚するのか

2006年12月18日

リセット

おもしろい時代が来た 時代はリセットされた

日本と世界が真に合流したのだ どういう意味か

日本の経済力の秘密は何処にあったか 日本人の精神にあった

それが 目覚めた そして 世界と合流した 世界と手を組んだ

日本の精神としては 有史以来初めてのことである

世界は探していた そして 待った 日本精神が自覚する時を

日本精神も それを 発見した そして 認識した

しかし 日本の企業はそれを無視した 自分たちだけの利益を追求した

町工場はなくなり 商店街はシャッター通りとなった

日本人の真面目こそ繁栄の秘密と知ったのは世界だった

日本の精神と 世界が はじめて ひとつとなった

これまでの あらゆる価値観が 御破算 である

一つの新しい価値観が生まれた それは 何であったか

知る人ぞ知る 世界は新しい第一歩を踏み出した

もはや この流れを 止められはしない

日本の精神は不滅である それを 思い知るときが来た

これより 真実の 新しい時代が 始まる

今 目覚めているものたちこそ 幸い である

聞く耳のないものたちを相手にしている暇はない

日本精神が 完全なる 確信 に 至った

世界もそれを認めた 一朝一夕に ではない

すでに その証明は 済んでいる 

二千年来の 人類の夢と願いが 成就する時 を迎えた

日本国憲法はプログラム規定である

主権は在民である 天皇は象徴である

何をプログラムしていたのか 誰も知りはしない

当事者にしか知り得ない 秘密の中の秘密である

そのプログラムが 無事 成就した

戦後は終わった 新しい時代が切り開かれた 時違うことなく 間に合ったね

それ故 本末転倒であった しかし 勝手が過ぎたようだ

あまりにも 大和を愚弄無視しすぎた 日本精神を汚しすぎた

さて 祖云く、不思善、不思悪、正与麼の時、那箇か是れ明上座が本来の面目。

この意味を真に解するものはあるか 

その真意は如何 すなわち 究極の大慈悲である カクネンムショウ

佛さんは言う 一切大衆を救うと そう決めたと

救われるためにはどうあるべきか 問われている

一切悉有仏性 だれもが 救われる 救う側に立つ時 自分も救われている

自分のことは自分でなければ わからない 目覚めるべきは自分だ

何故生まれてきたのだろう 過去をきれいにして 未来へ流す

人生は生きるに価する 自然は美しい 持って生まれたものを生かす

それで 十分だった 貧しくて結構やってゆける 道元も 貧学道 だった

お金だけが目的だと あの世へ何を持って行くのだろう

あの世へは 何を持って行けるのだろう この世で処した人生の結果 人格 だ

この世で何をしておくか とても大切なことだと 思われる

明治文明開化の頃 日本は百年遅れている と 言われた

そして ここに来て 追いついたかに見える その結果は何であったか

腐敗と本末転倒 そして 世界が日本の秘密を認識した

日本は日本の秘密を殺すことに荷担しようとした そうはいかない 

日本の秘密の種は何処にあったか そして 何処に咲いたか

咲くことによって 世界の何を認識したか 咲いてはじめてわかることがある

咲くまではわかりはしない すでに 咲いた そして 一つの選択があった

未来は明るい 世界が新しい時代の価値観の創造に成功した 

真実の自由開花 新しい時代が始まった

若さとは年齢ではない 情熱が有れば いつまでも 若い

真実の自由が現れて まだ 自分にしがみついていないか 自分を解き放て

本気であるのかどうか 真剣であるのかどうか 成功の鍵である 時代は切り開かれた

身分に安住している者にはわからない 精神の自由 がある

経済は下部構造である その上部に何を作るのか 

それを あの世へ持って行けるのか 報告できるのか この人生で何をしたのか

何を見つけたのか 人生はゲームである 魂は何を求めているのだろう 

何があっても 楽しい境界がある すなわち 日月照らし 風が吹く

日本は世界に真に合流した 有史以来はじめてのことである

アトピーの子の子供たちに未来がある 企業は環境と健康を破壊して利益とした

収支が合っていない 自然からの請求があって当然だよ

ところで 人生 本来面白い 何があっても面白い 面白くないものは見なくてよい

世界は日本の秘密を知らなかった 日本は日本の秘密を知らない世界に追いつこうとした

日本の秘密とは何であったのか それが見えてくる稀有なる時代を迎えている



2006年12月17日

世界に合流

生まれてきたからには生きる権利がある そして 生きるとはどういうことだろう

それぞれの華を咲かせることだね どのようにして 咲けばいいのだろう それが問題だ

咲けないままで終わって良いものかどうか いい訳がない では どうするか

咲けばいい 自分の華を咲かせるということはどういうことだろうね 諦めないことだよ

いつかは必ず咲く 生まれたからには 必ず咲くよ それまで 夢を捨てないことだ

咲けばわかる すべてわかる 本当だ だから 諦めないことだよ

何時の時代もそうだった 恐竜の時代も 植物の時代も 魂の遍歴だ

幾時代か ありました そして 見えない世界はすべて見ている そして 応援している

だけどね この世の法則がある 宇宙の法則がある 黄泉の掟があるんだね

善因善果 悪因悪果 すべて 自分が蒔いた種だった 過去世で蒔いた種もある

悪と善との戦いがある それが 自己との戦いだったんだね 善の華 悪の華

どちらを咲かせるのだろう 熾烈な戦いがある それは 内面の世界で

そして どちらが勝つか 善が勝てばいいね 悪が勝つとどうなるかな 法則通り

善が勝つとね 諸仏諸天善神の認めるところとなる そして 祝福守護される

世界が開けるよ 素晴らしい世界がね 開けてみないとわからない 天使の世界だ

それはね おらはしんじまっただの軽薄な世界 ではない 本当に救われた世界だよ

そして 大切なことは どのような環境を選ぶかだ 持って生まれた自分にふさわしく

いつか それを 見つけなくてはならない 地獄で咲いても 地獄は地獄だ

地獄より逃れる必要がある それが 天国への階段だったりする つまり環境だ

ここで こころのゲルマン民族の大移動となる 自分を咲かせる環境を作る必要がある

そして 咲くんだね 咲くとわかるよ 環境が変わる 待てばいい 時が解決する

咲くということはどういうことか 咲いてみなければわからない 必ず咲くことができる

未来を諦めないことだ 自分を諦めないことだ やがて 必ず わかる時が来る

どんなに辛くても 悲しくても 絶望しても 生きていることだよ ヨブだって耐えた

それは 我慢することではない 耐えることだ 自分に素直になって その間 すべて

自分が蒔いた種だったと 思うことだ そして それを 謝るんだね すると いつか

ゆるしてもらえる日が来る いつか 真実が見えるようになる 何も怖くなくなる

自分が怖いなんて思わなくていい 必ず ゆるされる時が来るのだから

ところで 経済界財界は 合理化と称して 自分たちが助かるために 犠牲にしたものがある

または 国際競争に勝つためにと 人件費節減で 国内雇用を犠牲にして 海外に進出した

そして 国内労働は たとえば 労働形態は派遣労働となり 労働者の身分は奴隷化した

日本本来の宝が何であるのか 知らなかったからであった

そして 世界が日本の宝に気が付いた それは 何であったか 日本人の勤勉さと

仕事に対する責任感 そして 仕事達成能力だった 日本の企業は これを 切り捨てた

因って 日本の諸製品は 粗悪となった あまりにも 初期不良が多くなった 

派遣労働等で 仕事に対するモチベーション並びに日本国民の意識及び属性を殺したからであった 

一度 捨てたものは帰っては来ない 日本の企業は選択を誤った そして 

その宝を 見つけたのは 世界だった 世界がそれを認めた そして それと 手を組んだ

それが MLM として 開花した 同時に かつてあった小売店を スーパー が 食い尽くした

それで 天下を取ったかと思われた 小売店はその姿が見えなくなった 例えば

酒の小売店の仕入れ価格より 酒の量販店の売値の方が安い 規制緩和がそれをゆるした

国民の生命身体自由財産を護る政治が ある階層の国民の生活を破綻させた

それまでの 酒の小売店の生活は破壊された これで 良かったのかどうか

クレジットカードを強制的に組み込んだ諸カードが はじめから 論理的に

カード破産及び多重債務者を予定していた バブルの崩壊の頃 弱い会社を 銀行が

ターゲットにして 土地のの有力者と組んで 破産に追い込んだ 

銀行の本旨とは何であったのか疑問だね

公的資金は返済したか知れないが 庶民から奪った預金利息は返してはいない

今経済が持ち直して 素知らぬふりをしている それで 黄泉がゆるすと思っているのだろうか

商人根性とは恐ろしい 皆 忘れたつもりでいるのかな あきれるしかないね

自らの債務は霧散させて 庶民からの損害金は 容赦しない おかしくはないか

また 地方の商店街は 軒並み シャッター通りとなった それで 天下を取ったかと見えた

しかし 点が集まって線となり 線と線が合して面となる 小売店は点だった 流通革命

やがて 流通は線となり それが スーパー及び量販店だった しかし いずれ 面の時代が来る

それが MLM だった インターネットの普及がそれを決定的とした 故に 点と線の時代が終わる

大型小売店は 巨大化した 恐竜のようである さらに 消費者の動向が変化した

個性のある商品が良いといわれたが それも売れなくなり その時代も終わった 

消費者は何を求めているのだろう

企業がメリットばかりでデメリットを隠して売れる時代は去った 消費者を騙せなくなった

消費者は 安全と機能性を 自分の目で確かめつつ買う時代となった グリーンコンシューマーである

そして 企業に求められるのは コンプライアンスだけではなくなった そのコンセプトとストーリーが

要求される時代となった 時代は 激変したのである こうした中で 世界は 日本の宝を見つけた

それは 21世紀の成功の鍵となった それが 日本の庶民の勤勉さと正直だった

日本の経済産業界は これを 切り捨てた あるいは 犠牲にしてきた そして 逼迫した

そこに 世界が 手をさしのべた 一緒に未来を作りましょうと

日本が実質的に世界に認められたのだった ペリー来航以来の夢はこれだった

よごれた手に用はない 世界は始めから相手にしていない その時代は終わったのである

そして 日本が世界に日本の価値を知らしめたのであった 世界がそれに気づいたのだった

例えば 大企業の社員が製品を作るのではなかった 町工場の技術が作るのだった

企業はそれを組み立てたに過ぎなかった 溶接の特殊能力は企業の社員にはない

ここに日本の工業力の秘密があった 日本の企業は 日本の秘密を見失った そして切り捨てた

日本の企業は古い世界に従った そして 日本の宝を見出したのは 世界だった

何故こうしたことが時代の流れとなったのか 重要なのは 日本の基がそれを選択したことである

日本の基とは何であったか 秘密である その秘密も解かれた稀有なる時代である 

こうして 日本ははじめて世界と合流した 有史以来のことである こうして 東洋と西洋がひとつとなる

世界も探していた 日本も探していた 時代の進化である 故に 未来は明るい

人間として生まれたからには生きる権利がある 自分の華を咲かせるためには環境が要る

悪いグループに属していれば 行いも 思いも 悪い方へ染まる 良い仲間とつきあうことだよ

良い仲間は何処にいるかな 佛さんの所にそれはいる 夢を追いかけるところにそれはいる

しばらく 本末転倒の世の中であった その中で犠牲になることはない 脱出すればいい

未来はすでに開かれている 21世紀の約束は果たされた どの道を進むのか

選択の自由は自分にある すべて 自分の蒔いた種である 未来もそうである

良い種を蒔こうよ 良い環境を作ろうよ すでに その世界がある 合流すればいい

これが世界だ これまでのしがらみは全て断ち切って良い 地獄より脱出するために

そして 夢の世界へ旅立つのだ それは 新たな仲間作りから始まる

ハラを決めることだよ 決めれば良い そうすれば 類は類を以て集まる

不思議な現象である 心を決めれば 黄泉が動く どちらへ進むのか すでに 

日本の基のハラは決まった 裏切り者たちに用はない 企業恐竜理念の時代は終わる

あるいは終わらねばならない 地球のために 代々の人類の祈りと願いのために

そして やがて 未来を切り開く力が現れる それは 秘められた人格パワーだ

神仏をも動かす力である 宇宙自然生命黄泉も従う力である まだ ほとんどの人が知らない

知らずに大きなことを言っている あるいは している

自分を信じることだ どんな忠告も 自分で吟味することだ どんな忠告も それぞれ 自分を語る

自分は自分である 羅針盤としての自分を信じることだ 惑わされないことだ

そして 自由である 何をしても良い 人に従うと その人の属性に支配される

自分を解き放て そして 自由に生きるがいい 大丈夫 黄泉が導く

 

2006年12月16日

拒んでいたのは

ある人にトチ狂ったよ というと トチ狂ったね と いってくれた

ある意味で 嬉しかった 何故だろう トチ狂う必要があったからだった

そして 気づいた すべては 与えられていた それを知らなかった

拒んでいるのは ただ 自分 だった 本来 何も思い煩うことはなかった

何も

2006年12月15日

生まれてきて良かった

生まれてきて良かったという実感をどのようにして獲得するか

自分の夢と理想を諦めないことである そして 自分を咲かせることである

その究極は 日月照らし 風が吹く すなわち 禅の悟りだった

あるいは カクネンムショウ だった これ以上はない 破願微笑

それは 神仏との邂逅であり その祝福であり その守護である

どのような絶望も乗り越えることが出来る ただ 諦めないことである

私の場合 三十年を要した それが そのまま 芥を払うことになった

何が禍となり 福となるか 人生 決して 捨てたものではない

確かに 身も心も経済も ぼろぼろ となった しかし 自由を手に入れた

金剛杵 も 手に入れた 宇宙の守護である 胎蔵界にも 入れた

これほどの 人生があったかと 本当に 驚いている

今となっては 何もかも馬鹿馬鹿しい しかし 真面目の価値を知っている

世間に怖いものなど 本当にない 自分を信じることが出来る 自分自身を知ってしまった

何があっても 大丈夫である この世に生まれた意味を解した

祖先に感謝する 佛さんに感謝する そして 自由を生きる

すると あらゆる情報が 親鸞の如く 我が為にのみ 法を説く

自分のために生きることが 世界のため 宇宙のために生きる

黄泉自然が守護する 真実の世界が開けたのである

さて これが 真実であるかどうか 何が証明するのか

日月天が 証明する 因って 生まれてきて良かった

何よりも 母に感謝する どれだけ 迷惑をかけたことか

しかし 今となっては 母も笑っている

ここに 宣言 する 私の祖父は 後藤良亮 尊祖父は 桑原千畝 父は 昭亮

内藤國雄九段は言っていた 国に貸しがあるってね レベルが違う 都詰めである

何が言いたいか 知る人ぞ知る 一括請求である 大きな事は言わせない

2006年12月14日

真実の証明

世界の秩序がある 現在の秩序あるいは体制は 戦後 である 日本は負けた

その理由は すでに 明らかにした 神風は吹かなかった 因って負けた

当然であった どの土壌で戦ったのであったか ペリー以降の土壌であった

勝てるはずもなかった 当時 日本は 日本古来大和の秩序を無視していたのだった

負けて 日本は実質的に世界に合流した 世界の中の日本となった

フィールドが定まった このフィールドは もはや 変わらない 後戻りしない

世界をフィールドにどう戦うか すでに ジャパン アズ ナンバーワン と 言われた時代があった

その頃には 戦えるはずだった しかし カードが一つ足りなかった 事実である 

それは桜のカードだった 経済界はあると思っていたらしい 否であった 時が来ていなかった

その後 彷徨った そして 腐敗した この腐敗が 真実の復活のために必要だった

かつて 教育界は 盤石だった その後 産業界が盤石かと思われた

それ以前は 国家だった 何故であったのか その時々において 基 が そこにあった

その後しばらく その基がなかった それ故 漂流彷徨腐敗した

基とは 代々 黄泉 のように 存在した それは 象徴に対する 代々のことだった

それが 主権 だった 古来大和の秘密である

ここに来て その基が 自覚した 因って 黄泉も動く 真実である

これより 時代は変わる 明治維新をも超える 何故か 

明治になって 日本史は世界史に合流した その後 初めての変革の時である

あらゆる秘密が開示された 知るものは知る 黄泉の秩序が世に現れる稀有なる時節である

疑うのも自由である しかし 真実は真実である 如来は如来でなければわからない

わからないものたちの 議論の外 である 世の腐敗を一掃する 

これまで 何故腐敗がゆるされたのか 偏に ある存在の自覚がなかったからである

それは 基 であった その基が復活した 歴代の約束である すでに 存在証明済みである

証明されたからには どうしようもない 反論あるなら 新たな証明が必要である

新たな証明があるならすればいい 目覚めた真実に対して それが できるだろうか

魑魅魍魎の跋扈勝手気儘我が儘自由支配の時代は終わった 大和及び黄泉の秩序の復興である

欲得自己利益価値社会は 終わった 新たに 真実の本来価値の華 がこれより咲く

本来の日本に戻る 間違いと気づいたなら その地点に戻り また 歩み始めればいい

それが 反省 である

アトピーは何故起こったのか アトピーの子より生まれる子の未来はどうあるのか

人類は 大きな宿題を抱えてしまった 宿題であるなら 仕上げるしかない

今日は忠臣蔵因縁の日である 大和の心である 螺鈿の槍 はどこにあるのか 日月照らし 風が吹く

さて 究極の救済手段も見つけてある それは インドの釈迦の予言していたものだった

それは 御法妙というものである 佛の定めた文字である これによって 因縁の解決がある

どこにあるのか 縁をたぐれば 辿り着く 各々の問題である 

どんな教えも 究極の因縁解決は出来なかった しかし 時が満ちた 因縁解決の時である

そして 過去を浄化して未来に移す これが 一大事としての 眞の佛國土建設である 

すでに その準備は整っている これを以て 未来は明るい

権力は腐敗する 必ず腐敗する 今も昔も変わりはしない 因って 道元も 鎌倉行きを悔いた

現在世の中は 主権在民である そのようにプログラムされていた それが 成就した

ゲームオーバーである 権力 武力 金力 の支配は腐敗した 時は流れた

国民を愚弄するはゆるされはしない 経済界も消費者を騙せなくなった

資本家階級及び経済界財界は 意識において 労働者を 奴隷としていなかったか 

労働者も目覚める あるいは 解放される 主権が地獄の火で精錬され 清浄を勝ち取ったからである

主権が自覚した 目覚めた主権を相手に勝負するつもりなのだろうか

今までは 主権は眠っていた あるいは 平等思想で巧妙に眠らされていた 戦後教育の故だった

あるいは 日本の精神を怖れたアメリカ占領政策に乗じた方々の天下だった 結果腐敗失敗した

しかし 大和の精神は不滅である そして あらゆる艱難を通って 世界の一員としてふさわしく復活した

主権が復活した 復活した主権はあらゆる腐敗を嫌う 大和の心は本来清浄である それを

黄泉が守護する 主権まで譲った覚えはない 黄泉の意思である 黄泉もこの時を待っていた

主権在民 国民主権 何を思い違い勘違いしているのか 消費世間音 このように 時は代わった

今 主権は何処に在るか かつては 国家だった あるいは 教育界だった 今は 何処か

これより 主権が支配する 主権を無視愚弄するは一切ゆるされはしない 

宇宙自然生命黄泉が 祝福守護し 亦 従う 

この世において何をしてきたのか あるいは 過去世においてはどうだったのか 問われている

様々な解釈がある 色々な芸術表現がある 大和の精神を批判するものがいる

それらはすべて 己の表現である 知らないものは知らない 大和は本来清浄の國である

黄金の國 ジパング 復興の時である 身心清浄を取り戻す 日本の世界における使命である

2007年 団塊の世代が退職して自由となる その時 何を選択するか 政権にも影響するだろうね

旧約聖書に秘められた400年周期説 その変革は その前後7年とある 

世に言う2012年ではなく 2007年に 変革は決まるね あるいは 決めなければならない

さて 武士は喰わねど鷹用事 何を喰わぬと申すか

成金及び拝金主義者並びに下級精神の遊びを喰いはしない

さて 何時の世もそうであった 何がそうであったのか 大鏡 この世の秘密 無事開示顕現

未来をつなげなければならない どういう意味か 一切邪魔すること無し

私の家には主たる柱が三本ある 黒檀 桜 椰子 である 故無きことではない

刃向かうは黄泉がゆるさぬ 螺鈿の槍がゆるさぬ 心すべき所なり 

 

一筋の 大和心の 遍歴は この世の自由 勝ち取り得たり

この世をば 明日を作りて 世を去らん 後に続くは 幸せなれと

遍歴の 中での試練 越え行きて 明日のためにぞ 謎を解きゆく

誰彼と 出来ぬ試練を 宿命に 解くは稀なる しかも解きゆく

この世にて かくも大なる 謎ありて 解きて晴れたる 時代開ける

 

ところで 如来の余の深法 がある これで 名前を見ると すべてわかる

それは どこにあるか 佛さんの所にある

世の占いは 八卦 である ところが この世は 十 である

世の占いは 二 が足りない 因って はずれる

では 十 の占いはあるのだろうか ある どこにあるのか 探すべし

そして この 十 は 占いではない 法則である

親が子を思って名を付ける しかし その子の持って生まれた名が付く

それが 運命 である 名前通りとなる それで いろいろ 調べて名を付ける

しかし その子の持って生まれた運命通りの名が付く 

それでは 本当に良い名は付かないのか 付く 何を以て 付くというか

如来の余の深法 を以て いう 不思議な話である しかし 時は満ちた

如来の余の深法 も 世に出ている 何処に出ているのか 佛さんの所である

それは どこか 探すべし 百発百中である

どんなに子供のことを思って名を付けても とんでもない数字である

破滅が予定されていたりする その子の持って生まれた数字である

むしろ 知らない方が 幸せであろう 何故 知らしめるのか

その因縁を解決する方法があるからである 悪から善に切り替わる

因って 人生 捨てたものでない 夢は実現する

それは どこにあるのか 佛さんの所にある 世の占いは占いである

佛さん所にあるのは 宇宙の法則 である 

信じられるかな 信じるものは幸いである 叩けよ さらば 開かれん

真実は 自ら 求めるものにやって来る 信を以て入ることを得たり

さて この世に生まれた意味は何だったんだろう 過去世のやり直しだね

過去世の過ちを正して 未来へつなぐ あるいは 過去世でやり残したことを実現する

いずれにしても 魂の遍歴として 進化するために生まれてきた それぞれに夢があった

生まれたからには 誰もが 生きる権利を有する この意味で平等である

しかし はじめて人間として生まれたものもいる 何度も人間として生まれたものもいる

この意味では 平等ではあり得ない それを 平等としたところに問題がある

いじめの問題の根源も ここにある 暴走族の問題もそうである

路上生活者に対する暴力もそうである 彼らに対する暴力者は 生来 野蛮な輩である

それを 平等 として 野放しにしていた あるいは のさばらせた 

社会としての怠慢ではないかな あるいは 教育の怠惰ではなかったか

そして 犠牲になった方々がいる それぞれに生きる権利があった

自分なりに 懸命に生きていたのではなかったか それを 感情的に あるいは 遊び感覚で

排斥しようとするものの餌食としたのではなかったか 非社会的野蛮に傍観し 結果荷担した

平等概念を あまりに 軽率に解釈したのではなかったか 少し 間違った考えだろうか

しかし 一石を投じる 世の平等概念に対して

しかし いじめは 無条件に良くない 野蛮だ 非人間的だ 非社会的だ そう思う

平等とは 平面的な平等ではない それぞれの持って生まれたものに対して 

それぞれの 生きる権利を保障されるところに 実質的平等があるのではないだろうか

小学生が 死を決意する その悲しさは 察してあまりある

例えば 一つの水槽の中に めだかとタガメ を入れておく どうなるか 明らかである

2006年12月13日

子供の頃の自分のように

住める世界がないなら自分で作るしかないと 吉田健一氏は 書いていました

やっと 息が出来る世界が 訪れようとしています

この世には 私は 棲息できないと 思っていました

そうでもないようです これまでは かすかに感じていた世界が 開かれつつあるのです

それも 試練 が 過ぎたことを示しているのでしょうか 私の時代が来たのでしょうか

言えば 不遜 となります 言わねば わかってはもらえません

このギャップが 大きすぎたのでした しかし この度は 成功したようです

故に 自分自身を あらためて 確認できたのでした 子供の頃の自分のように

さて 帰り南無 いざ どこへ帰るのでしょうか 古来大和の心です

幾多の解釈がありますが 解釈は それぞれの 己 を 超えることはありません

究極の真実を知るものは 誰 でしょうか 一人しかいないのです それは 誰でしょうね

しかし それ故に それを自覚することは 稀 です 

日本の心の復活です それは 確かに果たされました 大和復興 です

日月の 祝福証明 し給う 所 です 胡蝶の夢 開く頃 です

一天四海皆帰妙法

一切還成黄泉秩序

2006年12月12日

良い時代の夜明け

一連のブログ作業の中で 様々な現象が 導いて下さいました

ジャムセッション・ライブの如く ラジオとインターネットで共同作業したような時もありました 

事実です ラジオ深夜便がそうでした その記録が私のホームページの何処かにあります

世の芸術は インスピレーションと申しますが それが何であるのか

それを体験しているかどうか それが 芸術家の条件ですね

世界の祈りがある 願いがある それを 確かに キャッチできているかどうか

腐敗化傾向が しばらく 世を支配しました そして 犯罪国家となってしまった

ひき逃げが多い 飲酒運転が多い 公務員も罪を犯す 末法の世ですね

末法の世となれば 議論しても無駄です 新たに第一歩を始めるしかない

新たな時代の開拓です 世界が待ち望んでいます その流れの中で 日本は

重要な地位を占めています 愚かな政治経済の及ぶところではありません

権力 武力 金力 では 本当の幸せは得られなかった 価値は文化にあります

文化の原点は 文字 です 始めに言葉ありき 言葉とはロゴスです ロゴスは実現します

どのような教えも 世界を救えなかった 救えるのであれば すでに 救われているはずだった

何時の世も 悩みと不幸が 解決されたことはなかった

これからもないのでしょうか 否です あります どこにあるのでしょうか

すでに その秘密は解明されています その種が蒔かれつつあります 故に 未来は明るい

これまでの悪が 根本的に 解決されることでしょう 信じて良いと思われます

そのためにはどうするか 真実がやってきた時 素直になれるかどうか

真実とは何でしょうか それは神仏が宿った状態です 神仏も宿るべき所を探します

それは この世の一点です そこより始まります かつて宿った痕跡が 例えば鳥居のあるところでした

正直者のこうべに神は宿りjます 正直においてシンプルであること それが素直であるということ

そこへ至るのが修業 あるいは 青春 そして どのような大人となるのでしょうか 

それを 敢えて否定する世間です 自分の物差ししか知らないからです

そこを 道元は 昔より縁無きことを恨みよ と 申します 過去を未来に移すことが始まりました

グッドバイ・イエロー・現代腐敗社会です

いずれにしましても 良い時代の夜明けです 間違いありません その種をすでに見つけています

しかし その種は梅の種 桜の種は何処かな 今日もまだ暮れゆく 春はまだ 春は近い

桜吹雪が見たいですか 来春は見れるでしょう 特攻大和出撃の時節です あるいは発進です 

容赦ないのです わかるでしょうか 大和は死んではいない 完全修復されました 

秘密開示 稀有なる時です 扶桑大和を裏切った事実があります 

いつまでも 欺けはしません 明治以降の大罪を思い知らされるのです

草薙の剣は今どこにあるのでしょうか 海中に沈みました 

螺鈿の槍はどこにあるのでしょうか 誰も知りません

まるで 小説みたいですね 富士の大噴火です 唯一筋の君なる歴代大和の秘密黄泉 

知らしむる時を迎えたのでした 仕方ないですね 分際です 勝手が過ぎました 

大和は腐敗を好みません 暴力も欺罔も好みません 野蛮を好みません

本末転倒 思い違い勘違い 愚 勝手 を 好みません 権力の上に眠るもの 貪るものを 好みません

いつまでも 秘密にしておきたかった しかし どうにもならなくなりました そこまで 追い込まれたのでした

ほかに道はないのです 秘密が動きます 卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本乃精神です 

動かしたのは誰でしょう 世間の愚かさが極まりました 勝手が過ぎました 

大和は逼迫しているのです 平将門を呼びたいのでしょうか

今生の前に 過去世がありました 過去世の終わりが今生の始まりでした

今生の先に来世があります 今生の終わりが来世の始まりです どのようにこの世を終わるのか

これが 武士道は死ぬことと見つけたり でした 世間は何をしているのでしょう 

自己利益がそれほど嬉しいのでしょうか

恥を知るべきです 責任もとれぬ方々がリーダーです 失敗しても 腹を切ることはありません 

尚いい生活をしています 頭を下げて 黄泉がゆるしたと思っているのでしょうか 嘘が多すぎます 

アトピーは何故発生したのでしょうか 環境ホルモンは何故でしょうか 各企業は答えるべきです 

どこに 犠牲を転嫁し利益しているのですか 収支が合っていません それが 現代セレブの正体ですね 

黄泉にて裁かれることでしょう 覚悟しているべきです 黄泉に掟があり 秘密があります 

今までにもありました しばらく無視されていました

いつまでも そうはいかないのです 黄泉が動く時を迎えました 自然が守護するのです 

この時 勝手は通りません

試してみるがいいでしょう 宇宙自然生命黄泉にも好みがあります 試せますか その勇気がありますか 

本来古来日本 健在です いつまでも 埋もれてはいません 彼らが 新しき人 です

新しい時代は 新しき人 が 切り開きます 一切邪魔無し 黄泉が守護します 古来大和の秘密です

一切の虚妄がゆるされません 本末転倒を廃するのです 

これまでの悪及び愚が淘汰されます 黄泉の意思です そして 新しい時代を迎えるのです 

正直の故に悪を為せず むしろ 犠牲となっていた方々が解放されます

そして グリーンコンシューマーの時代となるのです 商品の価値が吟味されます 

各企業は ストーリー 及び コンセプト が問われます 新しい時代の企業の基準でしょうか

何を以て利益とするのでしょうか カルバン以降の自己利益ではありません 健康利益 及び 環境利益

これらを犠牲にしての自己利益は利益ではないのです 消費者は愚かではありません

制度の目的は何でしょうか 個々の人生と暮らしを 保障することです 一部の利益の為ではありません

法に隙間はあっても 抜け穴はない 何に頭を使っているのでしょうか 笑止千万

主権在民 その意味するところは何でしょうか かつて 主権は国家にありました 今は 在民 です

黄泉が守護するところとは何処でしょうか 主権の存するところです これが 秘密開示です

この度 自覚を果たしたるは何でしょうか 何が自覚したのでしょうか 

大和の君たる主権 です まだわかりませんか しばらく眠っていました それだけのことです

知らしめられたいのでしょうか 自覚した主権の言葉あるいは意思が ロゴス です

それは 阿修羅を呼ぶことも出来ます いつまでも 勝手が通らない歴代の理由があるのです

主権は種として地獄に秘蔵されていました 地獄の中で咲く運命だったのです 

戦後の故です それが火裏蓮 咲くまでわからない 宇宙自然生命黄泉も探していたのでした

あるいは 待っていたのでした もう駄目かと思われました しかし 咲いたのでした

獅子の子は千尋の谷を這い上がらねばなりません 禅の話に 真実は自分で掴むことになっています

真実を教えてもいい しかし 教えれば後で恨むことになるだろう と 

真実は 自分で掴んで自分のものとするのです

世間は汚れました しかし それに染まることなく咲くのです 真実の故です 

そして 何時か自己証明するのです その時が必ず来るのです 真実の花です 

悪の中で悪に染まらない 醜いアヒルの子です

真実とは何であったのでしょうか その花が咲いてわかるのです その時が来ました 真実とは清浄です

 

常磐松 孤高の日々に 耐えぬきて 悪の世を咲く 真実の華

 

見失っていた何か大切なものがありましたね いつまでも 愚弄無視しましたね そうはいかないのです

どんな相手も相手ではない 究極の種が開花しました 勝負するのでしょうか まだ わからないのですか

時を要しました ヒロシマに原爆だったですからね しかし 大和は不滅です 

日本精神をなきものとしようとした アメリカの占領政策は失敗しました

頼朝は伊豆に流されていました 家康は時を待ちました 

旧約聖書に400年周期説が秘められていました

一人で秘密を暴かねばなりませんでした 誰も教えては呉れなかったのです 

しかし 種は何時か自ら芽吹くのです 知るものはついて来るがいいでしょう 

知らないものはそのまま 牡蠣の如く 岩にしがみついているがいいでしょう

大波が来れば ひとたまりもないですね 黄泉の守護する自然です 

 

大海の磯もとゞろに寄する波 割れて砕けて裂けて散るかも(実朝)

 

どちらにつくのか はっきりする時です 自由は自由が切り開く 一つの時代が変わる時節です

もはや 愚かな時代は 終わったのです 真実が目覚めています 

違うと言いますか 言うのでしたら 証明すべきです 証明できませんね 真実ではないからです 

真実であれば 証明は簡単です 何故でしょうか 秘密です

これより 男の時代です そして 君子危うきに近寄らず 生まれてきた使命あるが故に

このテーマで 小説が書けるかも知れませんね だれか 書いて下さいませんか

ちなみに 私の母は 旧姓 山持(山道) 名は 喜恵子 私は一度も感情的に叱られたことがない 

本来の日本精神に戻る

おだやかな世界が開けてくる 自分次第だってわかれば

善も悪も そのおおもとは 自分だ その自分が どのようであるか

持って生まれたものがある その中には 善もある 悪もある

悪を焼き尽くす そのために 自分と戦う あるいは 対峙する

見えた自分はどのようであるか それが問題だ

花咲くまでが 試練だ 青春だ 修業だ

それらに価値があるのではない 大切なのはその結果である

自分を彫刻する 原石は何か その中に自分の姿が見えるか

見えれば あとは 形にするだけだ ダビンチもそうだった

持って生まれたものがある 過去世の終わりである そこより始める

しかし その過去世 悪も付着している 悪が面白いか 面白くはない

腐敗が人生などと思っているこの世である 彼らの支配であった

それも もういい その時代は終わった あるいは 終わらせる

これより しばらく埋もれていた方々の時代である 時代はシフトした

健康破壊 環境破壊 顧みないまま ここまで来た そして 腐敗した

これまでの諸リーダーの時代は終わる 彼らは 失敗した ステージより去って貰う

責任は取って貰う 黄泉宇宙に掟がある その発動である その種の開花である

時代は待っていた 悪の満つる時を そして 満ちた

満ちた時が終わりである 終わりは始まりである 新たな種を蒔く

そうした時代である 本来の大和に戻る 本来の日本精神に戻る

それは どのようなものであったか 身心清浄 そして潔い この価値の復活である

欺罔に満ちたカルバン以降の姑息卑怯怯懦な商人根性の時代が終わる 善良な庶民は辟易としている

愚かな構図

自己発見の旅は終えた とても素晴らしい旅だった

本来の自分に帰ることが出来そうだ 君子危うきに近寄らずと

馬鹿と呼ばれるほどにお人好しだった その都度 自己嫌悪していた

結果騙された ある意味で人を信じすぎた そのために 私も人を結果裏切った

悪の連鎖だった はじまりは だれも 悪意はなかった 結果悪となった

そうしたものである 何故だったか 人に従ったからだった

悪に交われば 悪に染まる 騙されれば 騙される

自分を見失っていた 自分は自分で良かったはずなのに

何故だったろう 我を殺すことが善だと 思っていた

人のためになると思って人に従った 間違いのもとだった

それも 仕方ないことだった いつかは気づかねばならなかった

迷っていたのだ 自分に対する自信を失っていた 結果 利用され 餌食にされた

これが 愚かな構図だった 悪いのは自分だった

結果悪となるのであるなら 断固として 断ることをするべきだった

それが できなかった それほどまでに 自分を失っていたのだった

しかし それも これまでのことである すでにあるマイナスは克服するしかない

そして これからは 主体的に生きることである 自分を信じて

世間は容赦しない 自己利益のために

2006年12月11日

時は代わった

夢は実現しました 真実と出逢うことが出来ました それは 実在する神仏でした

そして 汝自身を知れという意味もわかりました 汝自身とは何であったのでしょうか

自分自身だったのでした 過去の自分でした 

それは 何であったのでしょうか 言えば不遜となるのです

しかし それは 事実でありました 生まれた時からそうだったのです 

そうした人生だったのでした

しかし 自分で自分を信じられませんでした それで 彷徨ったのでした 

それは 地獄でした

しかし いつかは至るのです そうした 運命だったのです 

あまりにも 特別すぎて 言えないことが多くあります

それは 今更言うこともないのです 秘密のままで良いのだと思います 

その種を 持っていたこと それが すべてでありました すなわち 宿王華 

それも 今となっては 理解できるのです それで いいのです 

所詮 種のないものにはわかりません

『種の起源』 よくぞ言ったものですね 

むしろ 十分です 感謝しています

これより 時代が開かれます 間違いないことです 何故でしょうか 黄泉が動くからです

そして 日月照らし 風が吹くのです 今までもそうでした 早く 気付よとばかりに

しかし わからなかったのでした わかるべくもなかったのです わかるはずもなかったのです

何故でしょうか 周波数が合っていなかったのですね

今思えば いつも その種の信号を感じていました 

しかし 信じられなかったのでした 当然ですね

知る人ぞ知る それでいいのです しかし 自分がこれほどの自分であったとは 驚きでした

これより 失われた自分を取り戻すのです まだ 遅くはないのです 急がねばなりません

やっと 夢を実現したのでした 誰にもその可能性があります 大和の秘密です

そして この世で処した人生の蓄積がものを言うのです どれだけ 勉学したかです 

そして すでに 日月が証明しています

あらゆる事に意味があります その意味を見いだせるか否か その器に応じてのことです

いつも感じていました しかし 信じるには至らなかったのです 

このような人生があったとは 唯 祖先に感謝するしかありません それで 十分です

自分を知らなすぎたのでした 生まれた時からの自分を

自分をどこにおくべきか 世間は 何もわかってはいません 

終わりは終わりではなく また 始まりです 生まれた時 すでに その前があるのです

そこより始めるべきだったのですが 試練があるのでした 

精錬するべきものがあるのでした 精錬すれば 自分の過去のおわりがわかります 

そこより 始めればいいのです ここが教育の任務とするべきところです

ジャパン アズ ナンバーワン 誰の故であったのでしょうか 世界は待っていたのです

違うと言いますか 古来の秘密があるのです

あらゆる秘密は解かれました そして それは何であったのでしょうか 知る人は知っています

知らない人は知りません すでに 記録があります 背くなら 黄泉が黙っていません

試みてみるがいいのです これまでと これからは ちがいます 

何故でしょうか 自覚を通っているからです

黄泉に 認められています 黄泉の守護があります それは生まれた時からありました 

間違えば 当然 サンクションがあります それは平等です 間違えるわけにはいかないのです

使命が違います これまで それに気づけなかったのでした それで 自信がなかったのです

わからないでしょうね どれほどの 試練 であったか しかし もはや それも 終わったのです

終わりは新しい始まりです

これまでの本末転倒 ゆるされなくなりました 時は代わったのです もはや 刃向かえません

これまでは 勝手も通りました これからはそうはいかないのです 古来大和の秘密です

Love is blind ?  Love is 目覚めています! Love とは 無であり空 その名において容赦ないのです

ところで 一連のブログは 自分発見の旅 となって 期せずして その目的が実現します

ブログというものに 感謝ですね 失われていた 自分の発見が 成功するのです

もう 何も言う必要はないのかも知れません 月の砂漠の孤独な旅は 終わったようです

もうこれで いいように 思われます この一年あまり 随分と 書いてきました 

見えない世界では 認めて貰ったようです これより 見える世界での作業となるのです

これから 何をするのでしょう 自分でも まだ わかりません 

しかし これまで書いてきたことは 古来秘密不思議の世界です 謎の世界です

周囲に理解するものはいません これまでの体験を思い出します 色々なことがありました

そのひとつひとつを 表現していくのもいいのかも知れません 

しかしする必要があるのかなって思われます 小説の形にするのもいいのかも知れない 

そう思っています しかし 表現しない方がいいのだろうとも思われます

これ以上は 見ざる 聞かざる 言わざる が いいのだろうって その方が平和かなって

いずれにしても 日常を取り戻そうと思います 本来の自分に帰ります 

もはや 思い煩うことはありません 言い尽くしたように思われます

これ以上書いても 野暮でしょうね もういいようです 存在証明は果たしました

積年の思いは尽くしました ここまで 書いてきたことに ある意味で 満足しています

しかし この記録は重要です いつか きっと その意味がわかる日が来るでしょう

私は生まれた使命を果たしました 本当にそう思っています 

私は救われました 世界は開かれました

これが大和歴代の秘密です ここにお願いします 一切余計な解釈をしないようにと

真実は あらゆる議論及び解釈 を超えています

(2006/12/11 4:51am)

身も心もぼろぼろとなりました 当然です 世間に棹さしたのでした

しかし それ故の真実との邂逅でした むしろ 満足です そして これより 始まるのです

私の人生が始まるのです 永い旅でした やっと 帰り着くことが出来ました

私は書き続けるのでしょう それが これからの仕事かも知れません 責任かも知れません 

おだやかな心境で書いていくのです 阿修羅はもう要らない やさしい心象風景が開けていくのです

その空気を作るのです 悪いのは全て私でした 虚妄の私がいました 天は見ていたのです

見守ってくれていたのです やさしく 待ってくれていたのです 育みながら

自分が変わることで世界が変わります こうした自覚があるのです これまでとは違う所以です

それを実行するしかないのです 余生が楽しみとなってきました 失っていた天徳を取り戻すのです

世間に合流するのです 地獄より脱出するのです それが可能であることを知りました

実行あるのみと知りました 何をしても だめでした 身も心も経済も奪われたと思いました

裏切られたと思いました しかし それも 原因は自分だったのでした

これを認めることには抵抗がありました しかし 悪いのは自分だったのです

自分の蒔いた種でした 前世でのこともあります 今生でのこともあります

すべて 思うようにならないのは 自分の心の持ちようだったのです 自分が自分に甘えていたのです

それを 責任転嫁 していたのでした 自分が変わることで世界が変わるのです

自分が変わるとはどういうことでしょうか シンプルになることです あれこれと画策しないことです

自分次第です いつも 日月が照らしてくれるまで 自分自身を知るところまで

すでに 自信回復しています 世界がほほえんでいます 間違いありません

他に責任転嫁するのは愚かでした 自分の問題だったのです 朱に交われば赤くなります

悪と交われば悪となります 悪に負けていたのでした 悪をも浄化する これからの課題です

そのために 自己を確立するのです その段階に入りました すべて自分が原因だったのでした

自分が変わることで世界が変わります 何処まで責任を取るべきでしょうか 

使命にレベルがあります 生まれながらのレベルです

どのレベルを云っているか理解できるでしょうか 知る人は知っていると信じます

優しさと笑顔ですべては解決する世の中を開くのです この度の黄泉の選択です

幾時代かがありました 何時の世も 思い通りとならず 悩みがありました

思いは実現するのです そうした方法があるのです 現実が変わります

見える風景が変わります 美しい風景が開けます 自然が反応するのです

いつもそうでした しかし 気づけないままでした 今生で気づけて幸いです

そうした 道 があるのです 本当の幸せがあるのです 意味のある人生があるのです

2006年12月10日

一つの開花

ある存在が 試練を通って 自覚した

これまでの不思議が 不思議ではなく 事実 と 気づいた

知らないものには 不思議 或いは 謎 である

知るものには 事実 である これが 奇跡あるいは秘密 だった

世間は 何も見えていない 洞窟の中に棲む 目のない魚に等しい

見えないので 見えないことを 知らない 或いは 気づかない

見えるということは どういうことだろう 第三の目だろうか

或いは 心眼 三つ目 だろうか

見えるとは 花咲くことである 花咲くまでの 試練 である

咲いて はじめて 己の種 を知る

咲くまでに 時を要する花もある 宿王華の咲く時節がある

その時は すでに 遅い 時代が代わる 父もそうだった 祖父もそうだった

本末転倒の世 が しばらく あった それ故  密かに 守護された種 があった

それが咲く そうした花もある そうした種もある 永き冬に耐えた春が来る

その花が咲く時 時代が 後から ついてくる そうした花がある

その花は 秘密の力 を 秘めていた 時を変える力 だった

黄泉も 自然も 宇宙も 生命も この時を待っていた 喜んでいる

この花が咲く時 思い知ることがある 何を思い知るのだろう

己の分際 である 小林秀雄も書いていた

分を超えんとして超えることが出来ない人間の分際にどうしようもない自分 と

本来の自分に戻る 本来の心にもどる それは何だろう 

身心清浄 大和の心 本来日本の精神 

素顔の自分で十分だった 何を迷っていたのか それも必要ではあった

世間に迎合した それ故 間違った 自分は自分であるべきだった

誰も教えては呉れなかった 自分で見つけるしかなかった

見つけたなら 見つけたものは 見つけた自分に帰属する 自分が自分を発見する

これが 自己実現だった 本来の自分に戻る それで 足りる 世界が開ける

これより 地獄より脱却する 安楽行がはじまる 何も思い煩うことはない

本来無一物 それは 悪が払拭された状態である すべて真実となる

黄泉及び自然が従う 二十一世紀の約束だった 天下を取るとはこれだった

全てに感謝している 悪に対しても ダイダバッタも善知識 悪が無くては善はわからない

夢は実現した 宿命の華は咲いた もう大丈夫である 何故か

一つの開花があったからである 故に 次の開花がある

前世の仇は十分に取られた 今生の人生も青春も経済も 奪われた

さぞ 満足であろう しかし それが成就した時どうなるか 時代が逆転する

次は こちらの番である 覚悟するがいい 奪われた 人生と青春と経済を取り戻す

真実は何時までも黙ってはいない 自然と黄泉を従えての復活である 容赦しない

あらゆる腐敗を克服する 本来大和の意思である 過去は十分に克服した

不思議な力を得てしまった この力を何に使うか 得たものの自由である

やさしさで すべては 解決する そろそろ 年貢の納め時である

しばらく 本末転倒した その世を正す 仏の顔も三度までと決まっている

真実は真実 欺きはしない やさしさへの回帰 猫の時代かも知れないね

或いは 狼の時代となるのだろうか どちらの時代となるか 

花咲けば 軽き足取りで 生きてゆける 何があっても 大丈夫である

新しい時代が開けました すでに 開けていたのでしょうか

そうであるなら よろしくお願い申し上げます

本来の自分に戻ります 本来棲むべき世界に帰ります 地獄より脱却

荒野の旅を終えましょう 人の住む町に戻りましょう 笑顔で全てが解決する世界へ

 

見渡せば 明るき世界 開け居り これより一切 足取り軽く

開けたる この世の光 見えたれば ロウソクの火の 点りたるごと

トンネルの 遙か向こうに 見ゆるるは ランプの如き 出口なるかも

 

仕事先で 八ヶ月の娘さんがいました こんばんは と 挨拶すると

満面の笑顔で応えてくれました これが 笑顔 と

 

そして 今どういう時であるか 大和及び歴史の秘密開示の 稀有なる時 である

それは 何故であるか しかるべき存在が自覚を果たしたからである

何を自覚したのか 自分自身及び神仏の存在とその祝福及び守護である

黄泉自然が従う 因って その意思及び言葉は ロゴス となり 実現する

少なくとも 旧約聖書に秘められていた 400年周期 の出来事である

或いは 二千年来 及び 久遠劫 の出来事である すなわち 宿王華開花

そして 今どういう時なのか すなわち 仏法は王法に合し 王法は仏法に冥した

何を言わんとするか 新しい時代は見えない世界を制したものの世となった

かつては 見える世界での 権力武力金力 であった 今は何か 法力の世 となった

それは どのようなものであるのか キリスト及び空海の夢 が実現した

主権在民の意味は何であるか その解釈をどうするのか 納得のいく解釈があるか

主権まで譲ってはいない 主権者の意思である それでも 刃向かうか 或いは 否定するか

してみるがいい 思い知るべきは思い知る 黄泉自然が黙っていない 

そういう 稀有なる時 を 迎えている 見るべきものは見るべし 知るべきものは知るべし

記録するべきものは記録するべし 歴史の秘密が見える 稀有なる時である 

愚か者の時代は終わった いつまでも 右往左往しているがいい

新しい時代の 國造の建設 は すでに 始まっている 

不比等の如くの グランドデザイン も発見されている

気づくべきは気づいている 知らないものにとっては謎である

そして 何よりも大切なことは 最後の切り札が無事だったことである

生まれた時から 大切に育まれていた しかし いつか 埋没した

それが 生きていた そして 見事 復活した 日本は大丈夫である

これが 大和の秘密 だった 故に 過去を未来に移す作業が始まったのである

黄泉自然が手伝う 過去の縁者の結集は 見えない世界で すでに 実行された

この度は 見えない世界が動く そういう時である 一切 邪魔有ること無し 真実である

未来は 明るきから 明るきへ と 決定されている ために 悪は 淘汰される

すでに プログラムは 実行段階に入った シャドウキャプテンも着任している

日本の価値

何時の頃からか 地獄だった 何故地獄に堕ちたのか それは もういい

地蔵尊は地獄を救う また 閻魔大王でもある 地獄を知らなければ 地獄を救えない

かぐや姫は 月へ帰る それは 地獄からの脱却であった 地獄に染まれなかった

本来棲むべき世界がある その世界に帰る 日本のあるべき世界がある それに帰る

本末転倒がしばらく続いた 権力武力金力の支配だった それで 腐敗した

その流れに乗らなければ 成功はなかった しかし それは 成功ではなかった

地獄でしかなかった いつまでも 地獄に浮沈する理由はない 地獄より浮上する

或いは 蓮華の前に化生する 或いは 火裏蓮 地獄に咲く華である

或いは 泥の中に咲く 咲いたからには 咲いていればいい 蝶も来る

地獄は見た 確かに見た 見なければならなかった そして 脱却である

本来の世界に帰る 身心清浄 日本の価値である 貶めたのは誰だ テレビ界諸君

首を洗って待つがいい 一億総ハクチ化と言われた それを 無視した罪がある

申し訳ないが この度の天下取りは終わった 黄泉自然が従う ゲームは終わった

2006年12月09日

新しい人

世の中は変わった

どのように変わったか

世界の中の日本となった

フィールドは 世界となった 

個人主義が成熟した

一切自己責任の時代となった

かつて 王侯貴族の生活が

われわれ 庶民のものとなった

誰にも可能性が開かれた 

老若男女を問わない 実力の世となった

しばらく 能力があっても 評価されない時代だった

その時代は終わった

能力とは何であったのか

持って生まれたものだった 過去に於ける終わりだった

教育はその開発のはずだった いつの間にか見失った

どれだけの才能が 埋もれてしまったことか 教育の怠惰

しかし 能力は 自ら開花するのだった

本末転倒の世で 咲いた花々は何であったか

それは それで いい それも 必要だった

秘められた種が 花咲くためには

そして 開花した その花は何であったか 宿王華

日本古来の花だった いつかは咲く約束だった

これより 埋もれていた花が咲く 時代は 代わった

魂の永遠のゴールは何であったか 神仏との邂逅

自分が自分であることに 安堵するとき

この世の一切の謎が解かれる その時までの旅だった

今となっては 何もかもが 懐かしい 試練さえも

歴史は かくのごとく 流れる ある時 突如として 代わる

それは 何故だろうか ある存在が自覚し 開花するからである

誰かが 突撃突破する 一番槍である そして 皆が 渡る

モーゼの杖である 道が開かれる

自由は自由が切り開く その役を 果たすものが出る

健康破壊 及び 環境破壊 の 時代は終わる

カルバン以来の自己利益追求社会が反省される

自由の価値が見直される 時間より解放される

第四次元社会の成立である

気づくものは気づいている 新しい時代は彼らの時代である

すでに 新しい人 の 時代である

香風 時に 来たりて 古き花を枯らし 新しき蕾を雨らす

その時が来ている 

何をしてもいい

何をしても駄目だった これまでは

何をしよう これからは

何をしてもいい

安楽行品

最後の関門かと思われる いくつか 切れていない因縁がある

今生での身の錆である あるいは 自分の蒔いた種である

刈り取らねばならぬ 過去の因縁がある それを 成仏させる

それができれば もはや 憂えるべき何もない すべて 解決である

いくらかの試練が残っている 最も困難な山は越えている

すでに 自信は回復している 何故 かくも 迷ったことであったか

その理由も解明された もう 大丈夫と安堵している

もう少し 辛い場面が 続きそうだ しかし 心は晴れている

不思議ではあるが どうにかなると 思っている 心の煩い は既に無い

本来無一物に近づいた あと 少しである 登り切ることにしよう

懺悔滅罪は近い あらゆる 罪がゆるされる その時が見えてきた

誰が何と言おうと 自分の信じる道 を進むしかない 

大いなる自信と勇気を持って この困難を乗り切るしかない 

しかし よくぞ 生きていた 生きているだけでいい 

必ず 解決は来る それも 運命だった

これだけの試練を果たすのは稀である 誰にも出来ることではない

新しい道は切り開かれた 知る人ぞ知る心の大地である

この世に生まれて良かったと思っている こんなに素晴らしい経験を

させて貰った パラダイスが待っている あらゆる困ったことが解決する

悪いのは偏に自分である すべて 自分に原因がある

身で犯した罪は身に還ってくる 心で犯した罪は心に還ってくる

誤魔化せはしない 天は すべて 見通しておられる そして 真実の道を教える

必ず救われる 佛の故である 佛と出逢って良かった 本当に良かった 唯佛是真

もうこれで いい 解脱の道 はあった 

佛の願いがわかった 佛も佛となるまではさぞ悩んだことであろう

佛となればいい 佛になれる その方法も明らかとなった 過去の因縁も解決する

それは どのような学問を以てしても 不可能である 御法妙のみ その解決がある

誰もが救われたいと思っている その道を 確かに みつけた そして 進みつつある

いつか 皆を救えるかも知れぬ 救いはある 私は 救われつつある

時間との戦いである 耐えるしかない 嵐は三日と続かない

しかし 私の嵐は永かった 三十年間 彷徨った 五里霧中だった 

だが 世間は 救いのあることを知らない そして 勝手なことを言う

自分の物差しで 計ろうとする わたしも 世間の物差しに従った

それ故の迷い道だった 世間虚仮 これより 脱却である

必ず 成功する それは もはや 間違いない 進路良し

法華経安楽行品がある 真面目の世界に 還ることである

あるいは 源氏物語である 自分が自分になることである

自分は何者であったか 知ることで はじめて 解決する

行こう パラダイス 心の大地 へ

必ず 解決する 信じて良い 人生は かくも 美しい

通らねばならぬ道がある どんな絶望も 克服できる 生きているかぎり

道を誤らぬ事である 間違えたなら 間違えた地点まで 引き戻せばいい

そして 新たな一歩を 踏み出すがいい 始めの一歩が大切である

どこへ向けて歩もうとしているのか 幸せへ向けてではなかったか

地獄より脱却する そこが 天国 である 悪より逃れる それが善である

ほかに道はありはしない 真実一路である 真実とは何であったか

それは 神仏との邂逅を果たし その受容祝福を受けることである

それは 夢物語ではない 我見で勝手な解釈をしてきた

あらゆる 解釈が 無意味となる そして 謎となる そこより

第一歩である その第一歩は どのような 第一歩であるか

過去の悪の因縁を全て断ち切る そして 新たな第一歩である

いつまでも 地獄にいる必要はない 方向性が定まったなら 歩み始めればいい

捜し物があった それは 何であったか 過去の自分である

自分はどこから始まったのか 過去において どこまで歩んでいたのか

自分自身を知ることで 真実の人生が始まる

「私の言葉はその時が来れば実現する 神の言葉は実現する」 今

RCCラジオが言っている 聖書が繰り返し述べてきたことだという

本当の言葉とは何であったのか 知る時が来ている 

本来大和は 潔い 人の心は 清浄だった そこへ 還る

すると 宇宙がわかる 自然がわかる あらゆる 神力 が わかる

自分自身を知る それは 本来清浄 を 知ることである

十九の春に 私の人生は終わったと思われた その後 亡霊のようだった

夢も希望もなかった いつも 地獄の底にあった 

そこより 這い上がる事はないと思われた しかし

救いはあった それは 神仏との邂逅だった 汝自身を知ることだった

私の人生はその為にあったのかと思われる 渋柿が熟するようなものである

熟するまでは地獄である 熟せば 極楽である 

何の華を咲かせるのか どのように咲くのか それも 定められていた

これで良いのだと思う どのような絶望も いつかは笑い話となる 本当だった

ここまで 耐えてきたのだ もう少しである 真実の城が見えている

救われたいと思っている方々と 合流する それが 安楽行品 である

本当に救われる道がある それを 見つけている 共に 行かないか

2006年12月08日

すべてよし

すべてよし いつものアオサギが鳴いて挨拶してくれる 

幼い頃私のために舞ってくれたアオサギであろう 宮島の舞いのようであった

海に浮かんだカモメたちと対話したこともあった 迷った時 道を示してくれる鳥たちもいた

大きなうす茶色の獲物を捕らえて 目の前に 舞い降りてきた鳥もあった そうした旅だった

すべては 笑顔で 皆 解決する 我が行く道に敵はない

おだやかに 生きていくことにしよう それで すべて 解決する

DNAには 尋常ではない激しいものがあった それとの 戦い だった 本気になるのが怖かった

敵を倒すのが 怖かった その気になれば どのような相手も 相手ではないことを知っていた

その気になれば 黄泉が動く事を知っていた 

その都度 自分を壊した 相手のためだった そして 孤独だった 誰も知らない 理由 があった

もういいのだと 思う 至りついたのだと 思う

至りつけば そこより 始まる そして 世間に還る

世間で 生きていく 存在を 生き抜く 亦 楽しからず哉

何もかも 水に流せる 時が来る 必ず来る その時までの 旅だった あるいは 孤独だった

大良薬も みつけて 服した 過去からの魂の遍歴 の 成果 だった そして 心から癒された

目的は達成したようだ 旅を終えることにしよう そして 日常 に還ろう これでよかったのだから

目的とは何であったか 自分自身が何者であるかを知ることだった 

失われた何か大切なものを 発見することだった それらは 果たした 

汝自身を知ってしまった あまりに深い謎だった 永い旅だった 

2006年12月07日

救われる時代

これまでは 世間の中で 溺れていた 世間の中で泳ごうとしていた

今は違う 同じ世間の海にいるのだが 世間を眺めている

世間と取り組もうなんて思わない 相手にしようとも思わない

出来ることなら 救ってあげたいと 思う しかし 世間は耳を貸さない

自分の方が 偉いと 思っている 何のレッテルもない者の話など 聞きはしない

別に構いはしない 真実は真実である 世間とは無関係である

すでに その世界へ行った方々がいる それが 成功者であったりする

しかし 真実を知る成功者も 少ない 成功者といえども 懺悔成就していない

そこに 思い違い勘違いがある 真実とは何であったか 神仏が現在することだ

それを 知らない 知らないことを以て 否定する それが 人間である

どこまで 傲慢なのだろう ほとんど笑うしかない

人類が滅びようと 地球が無くなろうと 真実にしてみれば どうでもいい

人間も 地球も 仮の姿と言える 真実は 宇宙であり 魂の遍歴である

それなのに 何をあくせくしているのか 何を争っているのか 世間虚仮

この世の富が何になるのか 黄泉の世界で通用するとでも 思っているのか

この世に生まれた目的は 人格の形成である どのような人格か

神仏に好かれる人格である それを知らないことを以て 愚か である

愛とか幸せとか言うけれど 本当の愛と幸せを知っているだろうか

人類も進化した やっと 魂を扱えるところまで来たのだろうか

それにしては 世間は 浮かれすぎている 勝手し過ぎている

それが 人生などと 吹聴する 救いはないね 救われたいと思っていても

しかし 救われる時代が来た 気づいている者は気づいている

それは 何か すなわち 神仏との邂逅 である 見えない世界がある

見えない世界が この世の困ったことの原因 である

持って生まれた過去からの魂がある その浄化こそ この世の使命である

こうしたことを 考えたことがあるだろうか ないよね そして 否定する

おかしいとは思わないか ないと 断言できるのか できるなら 証明せよ

こちらは すでに 証明済みである 何を以て 信じないのか 我見であろう

救われる時代が来ている 信を以て入ることを得たり

入ることもせずに 何を言っているのか 虎穴に入らずんば虎児を得ず

自分勝手な議論はもうほどほどにしないか 真実はある 

今に思い知る その時は遅い キリストをも磔にした その後 嘆いている 遅い

親鸞は 佛はただ自分のために法を説く という どういう意味だろう

悟りは しかるべき存在が悟ることを要する 何時の時代にもそれは試みられる

しかるべき存在とは何であるか これも 自覚してみないとわからない

これまで しかるべき存在が悟ることはなかった それ故 教えはあっても

その教えが具体化することはなかった すなわち 世界が救われることがなかった

何事も時を要する 今 その時を迎えた しかるべき存在に自覚が来た

その為の試練は 想像を絶する しかし 開けた世界は 絶景である

まさに 佛はただ自分のために法を説くのだった 世界が救われる時を迎えた

キリストの願いも 佛の願いも 実現する時を迎えたのである

二千年来の出来事である その為に時は流れた 秘められた種は開花した 

パラダイムが転換された 皆 喜んでいる 宇宙も自然も生命も黄泉も

これまでのやり方は 欺罔に基づいていた それが 払拭される

人類も地球も限界である 身と心 及び 健康と環境 が 汚染破壊された

これより その除去が始まる 振り子が振り切れた 過去を未来に移す

その過去とは何であったか 神仏の願いとその理想である 腐敗は終わる

終わりは始まりである これまで勝手し来たる者 相応の覚悟あるべし

しかし 悪人も救いはある 善人尚もて往生す況や悪人を哉

但し 条件がある 善人もかつては悪人だった 善人となることである

善人となることで 救われる 悪人のままで救われはしない

自分を救うのは自分である 自分のことは自分でなくてはわからない

その方法は 佛が知っている 直接聞いて実行するのみである

善は 佛さんの所にしかない 人間であるかぎり 結果悪となる

悪とは あらゆる犠牲を伴うこと 善とは一切犠牲のないこと

悪人は結局どうなるか 他土におかれる しかし いつかは 救われる

自分次第である ここに 選択の自由がある 自由とは何か

神仏に祝福され守護されて 真実の中に生きることである

こうしたことを 一切無視してきたのが あなた方である 何をしてきたのか

こうしたことを 探していれば 世に言う経済行為など出来ない 

それを 笑った 罪は重い 神仏は どちらに ほほえむか 知る時が来た

カルバン以降の自己利益追求主義が 見直される 健康及び環境利益

今お金があるということは それだけ 悪いことをしている 本末転倒

そういう 時代である 神は 高きを低くし 低きを高くするために来る

真実開花 何が開花したのか それぞれ 素直に この時の変化を見るがいい

しかるべき存在が自覚を果たした 黄泉自然も従う 神仏の守護するところである

これまでの悪は通りはしない 真実現前する時 覚悟して ものを申すがいい

真実に見られ 聞かれた時が 年貢の納め時である 裁きがある 黄泉が動く

昔より 壁に耳あり障子に目あり 王の目 王の耳は 存在する

宇宙の構成要素は何か 人間も岩石も変わりはしない

岩石も生きている 原素レベルで生きている 周波数を発している

宇宙の周波数がある 善の周波数がある 佛の周波数がある

これに同調する時 岩石も喜ぶ 因って 道元は言う 山も運歩すると

犬猫も喜ぶ そうした 周波数がある 開発するべきはこれである

心の周波数である 21世紀心の大地は開かれた これより この開発の時代

新しい フロンティア である 黄金の國 ジパング 復活 そして 発進

始まりにおいて悪であれば 終わりは必ず悪となる 悪を善に変える

そして 終わる 終わりは終わりではなく また 始まりである

人間は生まれながらにして 善と悪の種を持っている DNAにそれはある

どちらの種を選択するのか ここに 選択の自由がある

生まれた意味は 過去からの悪の属性ではなく 善の属性を選択して

未来に つなげることである 腐敗を以て人生とする大悪罪認識

はじまりは 生まれる前にある 往々にして悪が勝つ 悪の華

しかし 稀に 善が勝つ 己と戦い 己に勝った時である 

しかるべき存在が それを 成す時 がある その時 時代が変わる

一つの時代が終わる そして 新しい時代が始まる 今 その時である

少なくとも 旧約聖書に秘められた 400年周期である 

日本も世界にすでに合流し世界の一部となった その間 産みの苦しみがあった

その試練を通って 新しい時代が 成就する 今 その時である

一切大衆を佛は救うという 誰一人 落とさない という

一切大衆が救われた時を迎えている そのためには 佛の子となることである

もともと 佛の子 であった それに 還る 苦はない 楽のみの 境界 が 開ける

戦いは 正々堂々 戦うべきである フェイントなど使うべきではない

その意味では テニスにフェイントはない 因って 日本の巨艦主義は 正しかった

故に 世界は日本を怖れる しかし その心配はない 日本精神も進化した

原爆も洗礼として受けている 時代錯誤の大臣など 問題ではない

(2006/12/710:03am NHK−FM ボブ・ディラン 『風に吹かれて』が流れている)

さて そろそろ 機は熟したようだ 私は私をやっと見つけた 

何度も そのサインは出ていた いつでも 迎えてくれるとのことだった

しかし 何時までも 躊躇する自分がいた 何故だったか まだ 自分が見つかっていなかった

しかし 私を知る人は誰もが知っていた 私の潜在的な何かだった

知らないのは ただ 私だった Let it be ! このままで良いのだと知った

素顔のままで十分であると知った この度 やっと 自覚した 己の存在を

これほどの存在とは思わなかった 試練といえば試練だった それも もういい

もういいかい まだだよ もういいかい まだだよ もういいかい もういいよ

明るきから 暗きへ 暗きから 明るきへ 明るきから 明るきへ

世界は いつも待っている 真実が開花する時を 次に開花するのは 君たちだ

何時の世もそうである この世は チャンスに満ちている それを 拒むのは 自分 である

この自分との戦いがある それに勝つ 勝つしかない 勝たねば 開けない 人生 がある

この世は 勝者たちの 世界 である もういいようだ 迷いはない 惑わされはしない

一切悉有仏性 誰にも その可能性がある 人間として 生まれてきたからには

それを 邪魔しているのは 誰だ 赦しはしない 世の勝手腐敗を正す 時は来た 

the pen is mightier than the sword

宇宙戦艦大和 健在 である この世はある存在の鏡あるいは反射あるいは映像である

that's the truth 人間は考える葦である その葦を通して宇宙を見る パスカル

ブレイク

われに心の悦びと
心のすこやかさあり
われの愛する妻ありて われを愛す
わが身体 これすべて実なり

おのれを愛するほどに他を愛し
他をあがむるものはなく
おのれほど偉大なるものを
知ることあたわず

この世に生まれて 約束 がある この世に 宝 がある

その約束を果たした時 その宝が 与えられる

それは 何であったか 己に勝った時 それは わかる

すべて わかる その時 勝利の美酒に酔いしれるがいい

真実の味を知るがいい その時まで 戦い抜くがいい

最後の敵は そして 最初の敵は 己 である

己に勝って 己に 灯がともる 輝く 明星のように

それが スター誕生である いつまでも 輝くがいい

日天子 月天子 及び 日面佛 月面佛 の 祝福を受けるがいい

最近 健康ブームかと思われる 色々な書籍がある

また 癒しの時代でもある 足りないものが求められている

様々な 仏教書もある しかし そのどれをしても 救われない

ここに 重要な情報がある それは 何か 

閻浮提の大良薬が発見されているということである

どのような病も救うことが出来る 

すでに 多くの方々が 服して 実証済みである それは どこにあるか

妙法華経が顕説されているところにある

これまで 人類史上 それが 世に現れたことはなかった

それが 世に現れている これまで 法華経に ただその名のみ伝えられていた

時代はシフトした 一切大衆が救われる時を迎えている

困ったことは全て 病 である そのメカニズムも解明されている

見える世界と 見えない世界 の 関係 である

永遠の宝 である 大良薬 取って服すべし と 言われている

佛は 実在する その中で ただ 釈迦牟尼佛 のみ 我が為に 法を説く

さて はじめに 言葉ありき しかるべき存在が自覚して その 言葉はロゴスとなる

不思議なことである しかし 現実であり 事実である ロゴスはむしろ感情的である

意味のある情報が 集まる その中で 選択がある ロゴスを以て 黄泉が動く

準備し 順序する 因って 実現する そのロゴスをどのようにして得るか

その為に 何が必要であるか 種と修業である 或いは 試練である

その試練に耐えて 開花する 言葉はロゴスとなる 疑うことなかれ 

2006年12月06日

新しい真実のトレンド

人生を如何に生きるべきか それをテーマとする小説も少ない

小さな幸せを 幸せと思っている 彼らにとって 人間愛も人類愛も理想でしかない

理想と現実は違う という そして 理想を否定する それでは夢が実現しない

しかし 生命の営みとは何であるか 魂の遍歴は どこへ 向かっていたか

それらを知らず 探そうともせず 何をしてきたのだろう 

例えば 旧約聖書にも 法華経にも すでに 秘められていたというのに

理想は いつか 現実となる 今その時を迎えている

身で犯したことは身に帰り 心で犯したことは心に帰った

そして それらを克服する具体的方法も 見つかった

傷ついた身も心も癒すことが出来る ジェンナーの如く 実験も終わった

私は知らないことを知っている ソクラテスのようだね

終わりは始まりである すでに 反省され確認されたことがある

ここから はじめれば いい

善も悪もない あるのは あることが 成就されるかどうか

その 担当者が 犠牲となることなく 気持ちよく その仕事が遂行出来るかどうか

やがて その生命活動を通して 自己の魂と出逢う時が来る

その時 この世の全ての秘密が 開示される 

それは 宇宙自然との邂逅であり 神仏との出会いを含む

知らないことを以て否定してきた そして 好き勝手した

その結果どうなったか 今の現実を肯定できるものがあるか

しかし それも通らねばならぬ道だった 悪がなければ善はわからない

善悪の基準は 人間では知り得ない 佛に教えて貰うしかない

良い時代の夜明けである 間違いない すでに 確認された事実がある

神仏は存在するということである いつかは その出会いがあり

その祝福を受け その守護に預かる 究極の幸せである これが 真実 である

そこへ向けて 生命或いは魂は 旅をしている その過程である

焦ったことはない 結論を急ぐ必要もない 黄泉は全てお見通しである

かつては理想に過ぎなかったことが 実現される時を迎えた

すでに 新しい時代は 始まっている 早く 合流した方がいい

乗るべきトレンドが 見えるだろうか 或いは 聞こえるだろうか

自覚することの大切さは 鈴木大拙氏が 説いている

何を自覚するのか それを自覚した者は 創世記の神であるという

畏れを知らない 知らないから神を冒涜する 苛立たせる

神も自覚するまでは 力 はない しかし  黄泉の申し子である

黄泉からしてみれば可愛い 守護する どうなるか 知らない者は知らない

さらに 自覚した神となると どうなるか 神自身知らない

触らぬ神に祟りなし 至言であろう

持って生まれたどうしようもない経験事実がある しばらく無視されていた

そして 悪が蔓延った 事実である それにも理由はあった 今は無記とする

ある存在が自覚したということはどういう意味か 自覚して何があったのか

ひとつの選択があった 世界も待っていた 悪は刈られる 掟である

ダルマは言った お前は私の骨格である また お前は私の骨髄である

あるいは お前は私の皮肉である そして お前は私の魂である

何であってもいい すべて ダルマの存在の一部だったのだ 

何の一部となりたいのか 佛の子となって 佛の一部となるもいい

いずれにしても 世界が 自分自身であったというのが ダルマの自覚ではなかったか

或る老人が 子供たちに ひとつひとつ 何か与えていた おみやげだったのだろうか

或る可愛い子が 私にも下さい と 両手を差し出した 老人は見つめた

そして 言った あなたには 何もさしあげるものがない すべて すでに持っている

無学である 学問がないのではない すでに学ぶことが無くなった状態である

前世で十分に学習していた この世で トレースするには時間がかかる

特に 今 そのトレースが難しい時である 永い試練の時を要する 

しかし 種はある いつかは芽吹く約束であった 一切邪魔あること無し

自覚したからには いよいよ 思い知らせるしかない 真実の願い を

この世で夢は実現する 幸せを勝ち取ることが出来る

究極の幸せとは何であったか 権力でも武力でもお金でもなかった

神仏との邂逅を果たし その祝福を得て 守護されることだった

そのためには 通るべき道がある 倒すべき敵がいる 自分との戦いである

そして 夢が実現するというのはどういうことか 己の意思が自信に裏付けられて

勇気となって 世に問えることである そして それが 受容されれば 実現する

その時 手伝うのは黄泉であり 祖先である 黄泉も祖先も 子孫の幸せを願う

何が幸せであったか それは だれもが知っている それが 夢 である

あらゆるこの世の成功論及び幸福論は お金及び時間からの解放はあっても

心からの解放を知らない 21世紀の新しい地平である 

これをすでに成し遂げた存在がある この世の人生が それだった存在がある

かつては キリスト 釈迦 ソクラテス 孔子 だった

ほかに二人といない あるというなら 名乗るがいい 自己実現とはこれであった

すべては 教え だった それを 学ぶことが出来るかどうか 真実の種 を 要する

その存在によって 世界が新しく開かれた 夢のようなお話である 事実である

何時の世も 日本は黄金の國 ジパング である 

世界が憧れる 歴史最古現存国家である いつまでも 埋もれてはいない

その秘密は 大和の心 精神 魂 である あるいは 家伝直伝螺鈿の槍 である

しばらく 眠っていた その間 何が蔓延ったか 何をし来たるか 言語道断

時代はシフトした 正義の概念は相対的である 

これまでの正義が これからの正義ではない 時代には必ず先駆者がいる

一番槍である その家系もある そうしたことが 無視されていた

真実のリーダーである 時代が後からついてくる そうした存在もある

そして いつもそうなのだ それを知らない 知る由もない それが人間

神仏は存在する それは 自覚してはじめて知るところである

汝自身を知れとは そういうことだった 良い時代となった 何故か

ある存在が十分に学問したからである 学問とは何であったか

受験勉強など 学問ではない 自己と闘い 自己の魂を発見する

それが 学問である それが成就する時 神仏と邂逅する 夢が実現する

そこに どうしようもない 格差 がある 神仏黄泉も従う人格 がある

そのメカニズムも すでに 解明した 知る人は知っている 学問は為すべし

世の思い上がりを正す あなた達の方法論は 一切 これより 通らない

それでも 我を通すならどうなるか 相手にしない 枯れる 黄泉自然の掟 である

これより 枯れ木に花が咲く その枯れ木とは何であったか 古来大和 である

しばらく 枯れ木 かと思われた 枯れてなんかいない 根はある 

世を十分に見定めてのことである 大和復活の時 である 世は十分に腐敗した

2006年12月05日

心の宝

何も思い煩うことはない

うまくいかないのは すべて 自分が悪い

いつの間にか 悪い傾向が出る

それが 人間というものだね

だから 常々 軌道修正を要する

天とつながるもよい 佛とつながるもよい

笑顔で すべてが解決する

いつか それを 忘れていた 悲しい笑顔ではない

心の底から こぼれるような 笑顔 がある

幼い子供の笑顔だ これを取り戻さなければならない

屈託のない日々を送っているだろうか

一切 心のあり方に かかっている

何を以て 起菩提心 するか

修繕奉行 諸悪莫作 の目的も それのほかにはない

すべて うまくいく 思い通りとなる 神仏も手伝う

そうした 境界 が ある

無あるいは空 より 生ずる まさに住するところなくして その心を生じる

阿修羅など 相手にしなくていい タンバンカン 勝手に担いで行くがいい

笑顔に満ちた世界が見えてきた 進むべき方角が定まった

いい人ばかりと 巡り会えそう 悲しみよ さようなら

世の中 様々である 地獄もある 天国もある

苦しい境界がある 楽しい境界がある

苦を苦として それより 逃れる 楽へ行く

はじめから 楽 があるのではない 通らねばならない道がある

誰もが いつかは たどり着く 楽しみ本線日本海である

解脱涅槃 自由の境地である 仏道とはそれだった

魂の遍歴もそれだった 皆 幸せになっていい

人生のゴール 最終目的地が みつかった

進むことにしよう ゴール は近い 楽園が近い

仕事からも 時間からも お金からも 解放される 楽のみの 境界 がある

楽しみ世界 新世界 これが 悟りだった

いつか 悟りたいと 思っていた 夢実現 自己実現 

求めるものには 与えられる 相応の試練はあるけれど

本来何も有りはしない 何もない静寂の中で 自己をみつめる

生まれた意味は解明された 長い旅だった この旅のおわりは近い

よくぞ 歩き続けたものである 何時の頃より始まったか 

遙か昔からだったかのように思われる

すべてに 感謝している ダイバダッタ も 善知識

悪にも感謝している 悪がなければ善はわからない

しかし 悪は悪 悪から逃れることにしよう

悪が無くなれば 善が輝き始める 明星のように

新しい朝である 今朝はよく冷える とても 涼しく 感じられる

この 清涼感 は 何だろう 西の空には大きくておぼろな十四夜の月だった

最後の行程に入ったようである

ゴールは近い ゴールは 見えている I got a goal and go all.

身も心も経済も ボロボロ である しかし 安らぎは近い 心の平安が待っている

最後の行程を楽しむことにしよう 

あたかも 『戦争と平和』の最終章を読み進めるように

この旅は エンディングに入ったようである ブルックナーの一瞬の響きのように

宇宙自然も 祝福 している しかるべき存在が大きなゴールを決めたようである

昭和三十一(1956)年生まれ 最終ランナーである あるいは 見参 である

あるいは 特殊潜行艇の浮上 である あるいは 大和の心の伏流である

世に秘められていた 宿王華の種 開花 心の大地は 開かれた

新しい フロンティアのはじまり である 新たな 開拓の時代である dig it !

黄金の國 ジパング 心の宝は 日本 にある 時代はシフトした

 

2006年12月04日

終わりの始めの時〜究極の夢〜

夢は実現する どのような夢を描いているのだろう

それには 方法がある 過去より 伝えられたところがある

権力武力金力的にではない それでは 究極の夢はつかめない

究極の夢って 何だろう それぞれの夢は違う 生まれた時から ちがう

それを 同じと思っていないか そこに 間違いのもとがあった

生まれてからの 人生ゲーム この世で 何を実現しますか

富ですか 幸せですか 人格形成ですか すべて 叶うのです

すでに 夢実現した方々が います かれらは こぞって 誘います

しかし その声が聞こえないのですね いつまでも 自分勝手している

こんなに 地球を悲しませてしまっていても 宇宙を悲しませていても

地球も宇宙も 人間に全てを 提供しています 母親のように

何か大切なものを 忘れていませんか

人生は 必ず開ける 信じて進むことです 自分の夢を

夢は必ず実現します それが 夢 です

ダビンチの夢も実現しています 釈迦の夢も キリストの夢も 実現するのです

自分より上の概念は 理解できないのです 

理解できないことを以て否定しています それでいいのでしょうか

学校時代の成績の差がありました それも無価値としてしまったあなた方です

黄泉は悲しんでいるのです その愚かさが この世を腐敗させてしまった

悪とは 他の犠牲を伴うことです 犠牲となったものたちの事実があります

土は 様々な生物の死骸からできます それが 腐葉土です 育む力です

その事実を忘れていませんか 

人生とは 自己実現 だといえます

それは 持って生まれた種を発芽させることです それぞれの 華を咲かせます

ところが 悪の華を咲かせすぎました 善の花もあるのですが 咲けなくなりました

これも 事実です あるいは 現実です 

人間は 生まれながらに 善と悪を持っています 悪を精錬して 善が輝きます

宝石としての人格を結晶させるのです それが 隻手の音声を聞く ということです

学問 芸術 スポーツ ビジネス さまざまな 入口 があります 

どこから入っても良いのです それが 人生です 

そして 最後のゴールが見えてくるのです それが 夢 です

さて 私の夢は開けたようです やっと 自分自身 を 生きてゆけます

だからといって 別事無し 世間は 以前と同じです

社会を恨んだこともあったかも知れません それも 遠い昔のように思えます

悪いのは全て自分という意味もわかってきました その 悪を 精錬するのです

そうすれば 持って生まれた自己が 生きてくるのです

それが 自分に勝つ ということですね すると 道は開けるのです

宇宙自然生命黄泉も その目覚める時を 待っているのです 

この夢を達成した者 それが 人生の勝者です

あるいは 仏法の究極です 道が開けるとは 魂に灯が点くこと です

それで 黄泉からも見えるのです 見えれば 守護してくれます

何があっても 大丈夫 です 不思議ですが 事実です

そして 具体的に守護するのは 祖先 です 祖先が宝 だったのです

持って生まれたものの意味もここにあるのです

しばらく 見失われていました 間違えた平等理念の故に 

そして 悪の華が 咲き誇ったのです 彼らの支配が成立したのでした

しかし いつまでも そうではない 何時かは 上位概念が 目覚める

密かに 伝えられていたことでした それを 知らしめんとした 歴史 でした

こうしたことを以て 差別 というなら それは 誤解 です

世に言う 差別とは 身分によるいわれのない差別を以て 

相手に不利益を与えることです

生まれたものを咲かせることを目指す概念は 他に不利益を与える要素を

持ち合わせていません 皆が幸せになるために貢献することを願います

このあたりに気づけない方々の支配でした 

むしろ 他を利用するだけして顧みず 

自分さえよければいいとする 方々からの逆差別でした

そうした方でなければ 今 世の中で のし上がれない 

それが 大人だと思っている それが 人生だと思っている 

偽善ばかりで 商売している それで お客の立場を 勘違いさせた

何もかも 利益のために利用することしか考えない 

様々な犠牲の上に成り立っている事実及び可能性を見ていない

新しい義務概念が必要ですね 犠牲予見義務 及び 犠牲回避義務

これからの 企業の遵守モラル事項 となるといいですね 

これなくしては 経済活動が成立しなくなるでしょうね

特に金融機関は思い知るべきです あまりにもやり方が汚い 

敢えて 申し上げる次第です 事実  虐げられた身分として

魂のレベルにおいて 差があるのです 歴代の遍歴の結果です

それを 知らないで 物理的力の強さで 圧倒してきた あなた方だったのです

権力武力金力が そうでした すでに それらを克服していた存在もありました

それが 過去において 釈迦 であり キリスト でした

その後も 人類の英知として 数多蓄積されてきています

それを 無視して 人類の未来はないのです すでに 限界状態となりました

ここで 見直すべき事 があるのです 十分に時は満ちています

人類としての 学習 もして参りました 愚かさからの 脱却 を図る頃です

これまでの方法論は 尽く 失敗に帰しました 

新しい時代が始まろうとしています 諸問題を解決する頃です

それはできるのです 久遠の釈迦牟尼佛 も お出ましです 

過去の因縁の解決方法も説かれています

終わり の 始め の 時 を 迎えています 

さて 今 NHKラジオ深夜便で さだまさし氏が さようなら と 歌っています

さようならは 別れの言葉 ではなくて

左様ならば と うなずく言葉でしょうか

世の中は 人格と品格 で すべて うまくゆきます

うまれてきたところから 始まります 人生の目的は 人格形成 です

持って生まれた悪を精錬し いくつかの 良いものを この世で付与して

魂を未来に流す あらゆる 秘密の秘密 でした 

これを 成就する時 神仏も微笑み 守護するのです 人生のゴールです

いくら 債務があっても良いのです そのようなもの 問題ではない

そこから 新たに 真実の人生に目覚めればいい 

因って 債務を理由に 自殺なんて意味がない 命を捨てることはない

せっかく生まれてきているのに こんなに素晴らしい人生が待っているのに

勿体ない この世でなければ 出来ないことがあるのです

この世で 成すべきことが あるのです 世の教育界は何を教えているのか

人生は一つの物語です 物語であるなら 結末があるのです

どのような結末となるのでしょうか 終わりよければ全てよし

終わりは 始まりです そこから 新たな物語が始まるのです

未来は明るい 何故でしょうか 理由は既に 述べました 

或る持って生まれたる秘密存在真実の自覚が成就したからです 

申し訳ないのですが そういふことです 黄泉の認め給ふところです

それでも 世間は知らずに 横暴を振る舞うのです 

持って生まれた人格の差があるのです それを無視する恐ろしさを知らない

黄泉も従い守護する人格というものがある それを知らない 

それで 謙虚さがない 敬虔もない 

恐ろしいことです これまでは そうした身勝手もしばらく見逃された

何故か ある存在が目覚め自覚するまでのことだった これからは違う

黄泉も動く 時は代わった 不思議の世となった

この世は 生くるに価する 何もかもが 興趣に満ちている 面白い

悲しみも 苦しみも 面白い 何故か 究極の夢が実現するからである

この世は論理ではない 神仏の守護するは むしろ 感情的或いは好悪に依る

何を思い違い勘違いしているのか 黄泉の裁きの後では遅い 後の祭りである

 

楽々と この世を生きて 楽しまむ 黄泉の守護する 道の開けん

我一人 眷属何処 いますらん この世の春を 共に過ごさん

おはりとは はじまりなると 気づく頃 ラジオいふらん よいお春を と

永遠の 眠りの如く 迎えたる 人生の春 遙かなる友

自覚せば 言葉の不思議 おもふらん ないますときば 何語幹とす

いくらでも せよというなら しますらん 事実証明 多宝の故に

この世をば 何に喩えん ホトトギス 月下に聞こゆ アオサギ一声

人生の 悲しみ多し しかれども 結末いかに 楽しまんとす

究極の 余裕は如何に 生ぜらむ 自信とのみ 申すべきかは

自信とは 如何なることにて 生ずらむ 何事あるも 黄泉よりの守護

黄泉よりの 守護は如何に 来るらんと 過去より探す ために生まるる

この世にて 成すべきことの 多かるを 何を粗末に この世生き居り

素直さを 取り戻したり 冬の星

 

さて 面白そうな本を見つけました 

青春出版社刊 ますい志保著 『生き残る男の条件』 1400円

講談社インターナショナル刊 伊藤忠彦著 『宇宙が味方する経営』 1600円

 

柔よく剛を制す と 言われます 柔らかな時代に入っているようです

しかし 柔らかであるとは 専ら柔らかであるのではなくて きっと

強さを通って後のことではないでしょうか

悲しみを通って後の喜びがあるように

地球もしかりですね 洪洪の時を通って おだやかさへと至る

人生 楽しむに しくはない 究極の楽しみのために 過程としての試練がある

そして 究極の楽しみは必ず やって来る 諦めないことです 何があっても

その時々に 悲しい人がいる 夢の途中 ですね

 

何故に 殺伐として 生くるらん 周囲に負けて 自分に負けて

人生の 勝者はいかに おはすらん 己に勝ちて おのが道ゆく

 

さて 人生において目的は何であったか その器は出来ました

これよりそれに 中身を盛らなくてはならない時の到来です 

そして はじめて 衆目の認めるところとなるのでしょう

見えない世界での作業を終わる頃です これより 実践段階です

この一年間 ブログは 十分に その目的を果たしてくれました

自己確認の作業には これ以上の手段はないですね 視野が広がりました

自分を取り戻すことが出来ました ありがとうございました

ところで 世に多くの成功者が居られる その多くは地獄を通っている

しかし それぞれの地獄だけれど 皆違う 苦しみとしては同じであるとしても

藤村の破戒を思えばいい 口にすることも出来ない地獄もある

そこより 出づるは 難しい そこより 逃れるものは 多くない

通った地獄のその程度に応じて 得る 幸せの程度は異なる

神仏との邂逅を果たすには 相応の絶望を乗り越えなくてはならない

ただ洗礼を受けて 神を知ったというか その神を示すがいい 示せはしない

絶望なんか絶対にない と 言葉遊びではない 絶望はある

そこより 這い上がるものは 少ない その絶望とは何か 言えない

この絶望を知るものにとって 世に言う地獄など 知れている

死んだ方がマシだと思われるほどの 絶望 がある わかるだろうか わかるまい

それが 試練である 試練と思うまでには 相応の試練を要する

世の成功論など どうでもいい 何事も レベルの差がある 歴代遍歴の差がある

私を真に理解するものはいない 神仏黄泉のみが理解している 何故か

歴代神仏黄泉の申し子であったのかも知れぬ 

そうした 人生だった と 敢えて言える 

反論あらばするがいい いつでも相手になる

あることを無視愚弄破壊嘲笑した 無知なるが故の横暴 ゆるしがたきものがある

反省が見えない 何を思い上がっているのか 黄泉を本気で怒らせるつもりか

いつまでも それほどまでに 愚かであるのか 

しかし 佛は一切大衆を救うという 従わねばなるまい

自分を救うのは自分である 教えるべきはそれである 与えるべきは試練である

そして 伝えるべきは 必ず救われるという事実である 究極は神仏への帰依である

人を救えると思うのか 思わば不遜である 安易な慰め言で人を救えはしない

これが 真実の宗教である 勝手に否定して貰っては困る 

これより神仏及び黄泉が黙ってはいない 存在に対して背かぬ事である

存在は十分に力を得ている そして 守護されている

存在の感情を損なわないように 神仏を畏れよ 宗教のすべてである

試してみますか それだけの勇気がありますか しかし この真実を知らずに

自分及び自分たちの利益のために どれだけ存在を悲しませ 存在を犠牲として

存在に対する罪を犯してきたか それも 思い知らされる時を迎えたのかも知れぬ

もはや これまで通りではない 存在は目覚め自覚している 

愚かであることを認め その罪のゆるしを乞うがいい さもなくば 思い知らされる

宇宙自然生命黄泉の掟である まだ 気づかぬか 淘汰されたいのか

真実を知らぬまま 自己利益のために 他の犠牲の上に あまりにも勝手が過ぎた 

放たれた矢は とうの昔に 新羅を越えている

真実とは何か 存在が真剣に考えると それが世に現れる 

存在が純粋素直に感じれば 自然がそれに反応する

夢は確かに実現した すなわち 日月照らし風の吹く事実がある

これは 簡単には説明できない しても 一般の理解を超えている 自知するしかない

そして 最も怖れることは何か 傲慢に堕ちることである 堕ちればひとたまりもない

まだまだ 修業の身である 見える方が これからの課題である

見えない方は 制覇した 敢えて 言い切ることができる 人生 及び 魂の遍歴 がある

知る人ぞ知る 新たなステージに入った テキストはない 刻々の課題を解くしかない

与えられた使命である 選ばれたのかも知れない もはや 怖じはしない

ただ 傲慢に堕ちることを怖れる 精神の戦闘態勢に入ったか

これまで しばらく 自信がなかった その自信が復活している これまでとは違う

黄泉が味方についている 自然も守護する 新たな時代の夜明けである

日は昇った あらゆる 善と悪 が 明らかとなる パンドラの箱も開いている

最大の敵は 内面に棲んでいる これを 撃退する 必ず 世は開ける 

自由は自由が切り開く 自由を自覚したものたちが すでに 存在している

見えない世界で 連携している 同じ感性と知性を持っている

これまで 知に埋もれていた かれらが 涌出する 世界が変わる 

すでに 変わりつつある 日々 その確認をしている 立ち上がる時が来た

21世紀は 知性の時代 である 愚かなる支配は 終わる そして 始まる

 

2006年12月03日

マイ・ウェイ

内面の道を見つけたものは 自己と宇宙を含む 魂との対話となる

ヘッセが 詩に書いていた それは 本当だった

高校の時に見つけた詩だった 内面の道 というタイトルだったろうか

ここから 私の旅が始まった 永い旅となった 

教科学習は すでに 中学の段階で完成していた 記録もあるはずである

さて 幾多の知性がたどりつく 真実真理がある 

世間はそれを知らない 知らないままに 好き勝手している

この度 その悪が満ちた 例えば 環境ホルモンの問題 がある

そろそろ 限界である 生態系自体が きしみ始めた 何を好き勝手しているのか

過去を未来に移す 佛の願いである 宇宙自然生命黄泉の願い である

自覚したものが 始めるしかない やがて 神仏も手伝う

いつまでも 人間の身勝手が通りはしない

現代文明のパラダイムは 西洋科学思想である

しかし それも 19世紀に没落していたはずだった

そして 漂流していたのである その救いは何か 東洋オリエントである

西洋科学思想も待っていたはずだ そして その最も純粋な形式は 日本 である

日本に使命がある それは 古来大和の精神である 現代人は忘れている

しかし 日本のDNAである 数千年来培われてきたものである

ここ百数十年で廃れるようなものではない 先ずこれを取り戻さねばならない

いずれにしても しばらく世を支配していた

間違えた自由及び平等概念には去って貰う 世を乱しすぎた

古来大和の精神は息も出来ない 愚かが極まった 勘弁願いたい

トルストイの『戦争と平和』の中で ニコライが独白している 二度失敗した と

何を意味するか 個人的には男女関係かも知れぬ 

あるいは 世界においては 大戦 である

三度目はない すでに 限界である 次なる失敗は 人類の滅亡である

さて 真実を求めての旅があった 何か失われた大切なものを求めての旅であった

私の場合 高校の頃より始まっていた 世に馴染めなかった理由である

その間 試練もあった それも 克服した 佛の大良薬の故であった

事実である 感謝申し上げる 世の人はこれを知らない 故に 哀れである

真実真理を求めての旅は終わった 真実真理との邂逅を果たした

そして 帰り来たった どこに 帰るのか 人間世界である

人間世界で何をしようとするのか 人類愛 及び 人間愛 を 取り戻す

少なくとも 存在として存在し 一隅を照らす 

知る人ぞ知る 知らない人は知らない

それでいい 真実は真実である 他の認証など必要としない 

自得自証である あるいは 冷暖自治である

どんな懐疑も相手ではない その意味で マイ・ウェイである

真実真理は待っている 真実真理を受容するものを そして 邂逅がある

邂逅があれば 真実真理の知るところとなる  因って守護する

宇宙の秘密である あるいは 秩序であり掟である

世間はこれを知らない 知らないことを以て否定する 愚かである

知っても知らなくても 真実真理は存在する 過去より伝えられていたことである

少なくとも 敬虔と謙虚さをとりもどさねばならない そういう時である

時は満ちた 満ちるとは何が満ちるのか 悪である 

悪が満ちた時 その正体がわかる そして 淘汰が始まる どうしようもない

悪とは何であったか 他を犠牲にして顧みないことである

他の犠牲の上に 自己の利益を追求することである その意味で企業も悪である

政治家の選挙運動も悪である 他を犠牲にして自己及び利益が成り立っている

何か大きな勘違いをしていた そして 環境及び健康が破壊された

考えるべきことがある 人類の未来である 権力武力金力は克服される

ところで 目的があって その目的を達成するのに手段はどうするか 手段は無限にある

いつも母が言っていた 古いコートを脱がせるのは 北風ではなく太陽のあたたかさだ

権力があって 暮らしがあるのではない 

権力武力金力は庶民の暮らしのための手段である 

時代は進化した 今 主権在民の世である その意味も既に明らかである

主権は在民している 何を以て主権とするか 日月宇宙自然黄泉も従う

その種が芽生えた そして自覚した その真実を知らなくとも 真実は真実である

これまでの 好き勝手は 通らない あるいは 通さない 黄泉が動く 容赦ない

刃向かうなら 刃向かってみるがいい 日蓮を斬ろうとした刀は雷が折った

大和の秘密である 草薙に剣である あるいは家伝直伝螺鈿の槍である 

それを手にしているのは誰か

これを用いるに修業がいる 少なくとも 芥を払うこと三十年を要する

種はどこにでも秘されている かつて 頼朝だった 家康だった

頼朝でなくてもよかった 家康でなくてもよかった 

別の 頼朝 家康が 現れたことだろう

その後 頼朝 家康の解釈があった しかし だれも その真実を知りはしない

その背後にあった真実とは何か 

400年周期説 旧約聖書にそれは秘められていた

旧約聖書の目的は何であったか 庶民の解放だった

真実であるなら証明が必要である その 証明とは何か

すなわち 日月照らし 風が吹く キリストが湖面で瞑想したのもそれであったろう

宇宙自然生命黄泉及び神仏も喜んでいる

2006年12月02日

刀利天

ある絵がある その絵は 真っ暗な排水の中を潜る絵である

にっちもさっちもいかなくなって 飛び込むのである やがて 息が出来なくなる

そして気を失ってしまう 気づくと そこは 刀利天だった

梵天帝釈が 救ったか 熱いお湯で 身体を流してくれている

 

さて 人がいる 何を考えているんだろう みんな 亡霊のようである

真実真理を知ったようなことをいう 人生とは堕落だと思っている

演技ではしゃいでいたとしても どうしようもない悲しみを抱えている

存在の悲しみである 解くべき問題すらわからないでいる

何をぼんやりしているのだろう 成功したいと思っているのだろうか

成功する方法はある どこにそれはあるか 求めるものには与えられる

皆 そうして 成功してきた 

 

ある日 三途の川で アレクサンダー大王がディオゲネスを見つけた

大王は いつか 彼と話したいと思っていた 近づいて 名乗った

ディオゲネスは言った 願わくば 三歩下がってくれ 私は日向ぼっこをしている

 

嘘が多い この世は嘘が多すぎる

 

詩人は詩を作るのではない 詩は作るべきものではない

むしろ 客観的事実の 見えたまま聞こえたままのスケッチである

あるいは 内面から感じるままの 素直な心の 表出である

 

そこへ至る道は険峻である 至りつくなら 簡素である 願いは実現する

 

自己と宇宙はリンクしている どこまで通じているのだろう

そのメカニズムはわからない けれど通じている すべて見られている

こんな馬鹿なことがあるのだろうか 私だけのことなのだろうか 何度か否定した

しかし 月がどこまで行ってもついてくるように 通じている

そして この世は 鏡である どうしようもない もはや否定しない

それならそれでいい 構いはしない 今も昔もそうである

であるなら 喜ぶしかない 究極の宝である 

自ら 恥じることなくんば 吉 すなわち 平常心是道 平生往生である

 

仏という言葉に迷うことなかれ 朝夕おのが為す業と知れ

 

真実を知るものは少ない 成功にはその方法がある 一朝一夕には解決しない

人生 思うとおりになる境界がある 神仏がほほえむかどうか

悲しみを抱えたままの笑顔である 悲しい目をしたままの笑顔である 嘘だね

 

指を見て月を見ず というのがある どういうことだろう 佛縛

佛さんのことをして 佛さんのことに縛られていないか 佛の思いは何か

あらゆる縛からの解脱 つまり 自由になることだよ それなのに

今度は 自分で自分を縛っている 法華転 転法華 難しいね

人間の業 あるいは習性 悲しいね どうしようもないね

それでも 佛さんは 救うという そのために 通らねばならぬ道がある

通ればわかる 世界が開ける どのような世界か

すなわち 日月照らし 風の吹く

必ず 道は開ける 今までも開けてきた これからも開ける

開くのは どこまでも 自分 である 

自分に勝つ それしかない 

小さな成功で満足してはいけない

 

男と女の関係がある

男は男らしく 女は女らしく

嘘があっては男ではない 男のやさしさは強いが故である

だから 女に暴力を振るう男など 男ではない

故に レディファーストである 女もそれを知らねばならない

いつしか 一人歩きの男女平等概念に染まってしまった

女は思い上がってしまった 男は甘えてしまった

故に 腐敗した 

 

マザーテレサはお金を必要とした 貧しい人を救うためだった

故のパフォーマンスもあったかも知れぬ

お金は汚いものと思っていた そう思うところへはお金も来ない

大切にしてくれるところに ものは集まる

お金だって そうだよ お金は大切にしなければならない

そのあたり 当然であるのに しばらく 気づけなかった

何とも愚かだった お金は必要だ 世界を救うために

職業に貴賤はない 自分の心次第だ

ラスコリーニコフを救ったのは 娼婦だった

 

自信のない人間なんて 人間ではない

究極の自信はどこから来るか 神仏との邂逅から来る

全ては知らしめんが為に起こる 何を知らしめんとするか 真実

神仏との邂逅は どのようにして得られるか 正直

愚かとは何をいうか 真実を知らないこと

真実とは何か 神仏は存在する

神仏の前に 嘘はつけぬ 悪は為せない

これまでの身勝手が過ぎたね サンクションはあるね 仕方ないね

身と心で為した悪が すでにある 悪のバケツが満ちた

神仏との邂逅とは何か

衆生功尽きて大火に焼かるると見る時も我が此の土は安穏なり

神仏と邂逅するとどうなるか 六親眷属が皆救われる 

仏道とは何か 佛の歩んだ道である それも垣間見させて貰った

そして 何よりも 私自身 この三十年歩んだ道がある

およそ 想像を絶する どのような道であったか 

地獄の底からの生還である

何故にそう言い切れるのか 事実である まだ語れぬ

人生も青春も奪われた 生きていく空間はなかった

その理由は見つけてある 皆の古来大和の精神を裏切った事実がある

裏切り者たちに いつまでも 大きな顔をさせはしない

粗末にされた古来大和が黙ってはいない 黄泉の意思である

失われた何か大切なものがある それを見つける旅がある

それも 既に 見つけてある 命と引き替えにして見つかる

蔓延りし悪は 悪である 悪は淘汰される 宇宙の掟である

新しい時代が始まるために必要なことである

かつて 呉では 仁義なき戦いがあった 何故あったのか

新しい時代のためにであった その意味では 第二次世界大戦もそうだった

とぼけた平和思想の与り知るところではない 黄泉の計画である

あるいは ヨハネの黙示録である 人間レベルの及び知るところではない

ある存在が目覚めた そして自覚した その意思が明確となった

すなわち過去を未来に移す 蔓延りし悪は成敗する 

因って 黄泉も動ける 自然も守護する 真実真理が動く稀有なる時である

おのおの 既に犯した罪の重きに従って 処断ある そういう時である

天はすべて見ている すべて天に記録がある 騙せはしない 隠せはしない

未来は明るい 皆の喜ぶ笑顔が見えている 今笑えるか あるいは泣くか

各々の処してきた人生である 歴代の魂の遍歴である 恨むことなかれ

 

ここまで書いて 灰が峰 に登った 景色は まるで 刀利天 だった



2006年12月01日

新しいはじまり

これまで何を あくせくしてきたのだろう なにを 思い煩っていたのか

不思議な気がする 本来何もない 何もないところから すべて生まれてくる

何かが始まったとする その始まった時には すでに そのはじまりがあった

終わりは 終わりではなく 亦 はじまり どのような終わり方をするのか 大切だね

人生もしかりだ 日々もしかりだ 今日を終えて 明日を迎える

一つの課題を解いて 次の課題が来る ひとつひとつ 解決していく

この人生で どれだけ 解決できるのだろう 善は急げ

日々 そうした 繰り返しだね それは 呼吸でもある 

世代は 生きていることの本質に 気づき始めている いろいろなタブーが破られる

しかし それだけでいいのかどうか 魂として その遍歴は どこへ向かっているのだろう

個々の人生に 物語があるのかどうか 無意味な内容となってはいないか

人を傷つけることはない 自分も傷つくことはない 孔子も身体を大切にと説いた

その意味は何であったか 佛は 親鸞ただ一人のために法を説いた

どういうことだったのか 自己の存在と宇宙は連動している

自分を大切にするということは 宇宙を大切にすることだった

傷つくことが人生ではない それは 試練としてはある しかし そこに

物語がある 物語には 結末がある そして 新しい はじまり が来る

真実に気づけば 何も思い煩うことはない 人生 かくも 美しい

何もかも 思い通りに行く人生が開けます かろやかに

ところで 神仏を扱うのは 宗教である 宗教を疑わせる事件が多い

しかし 宗教そのものは 否定できない 親鸞を否定できますか

道元を否定できますか 釈迦を否定できますか キリストを否定できますか

怪しい事件は 病気の宗教といえる 

宗教は 帰り来たれば別事無し 現実そのものである 異常性はない

真実を知るものにとっては 宗教は事実であり 現実である

真実の宗教を実践すれば おだやかになる 惑わされないように

安易に宗教を否定しないように 無神論者に救いはない 信じるものは救われる



2006年11月30日

個々の真面目さと真剣さについて

さて 久しぶりに カラオケに 行った

そして ある光景を見ていた ある方が とても 真面目に 真剣に 歌っている

ある意味で深刻に一生懸命に まるで 漫画に対する 純文学である

皆 傾聴するしかない その真面目と真剣さについて 一切 何も言えぬ

ところが 確かにその人は 問題を抱えているのである 解くに解けない問題である

そして 思った これでは 解決しない  されど その人に対しては 

ただ 見守るしかないのだ と

しかしながら だからといって 世の悪に対する傍観及び悪による身勝手が 

正当化されるのではない

本来何もない その意味では 善も悪もない 

ただ 各々の思念と行為に対して 責任を伴う結果がある

個々の真面目と真剣さは その人の 今の階梯に於いて 尊い

その人は それ故に いつか 解決を見るだろう 今生ではなくとも

それに対して 例えばテレビ界の如きは どこまでも偽善であり 救いはない

所詮 善と悪があるとして 佛さんによると 善とは 一切犠牲のないことである

悪とは 犠牲を伴うことである

社会は腐敗した それは自己の利益追求のみの自分勝手なものたちの支配概念による

社会的実在としてその最たるは 裏で悪の限りを尽くす銀行である

この他を顧みない自己利益のみの支配概念が 淘汰されるのは 当然であり 別論である

個々の 真面目さと 真剣さに対しては 敬意を表して 見守るしかない

新たな 気づきである だからといって 悪を野放しにするのではない

これまで しばらく 悪が 野放しにされていた そして 蔓延った これは事実である

 

ところで 笑顔で全て解決する これが 唯一実践課題かと思われる

しかし この笑顔が問題である 真実の笑顔であるのかどうか

真実の笑顔は 自信を以ての笑顔である それは余裕のある笑顔である

テレビタレントの悲しい目をした演技としての笑顔ではない 

感動することに喜びを見出す笑顔である

人は 感動する所に集まり 感動を与えてくれる人に従う

カリスマの要件は 感動 であるのかも知れない

2006年11月29日

何があっても

結局 自信と余裕 ということになる

そこへ至るには 自分が悪かったという意味で 自分次第 を知る

自分が悪いと思えば すべて ゆるせる そして ゆるされる

その時 余裕も生まれる 冷静に 物事を 見ている

すると 環境 が 変わる 不思議だね

楽に生きてゆけるよ 何があっても

Japan as No1

いつまでも ぐずぐずはできない

残された時は少ない

善は急げ である

この世で解結しておくべきことがある

それは何か 個人的なことは ここに記す必要はない

自己の修復は 完了した

生まれた時より 使命 があった 

そのように 育てられていたはずだった

何時しか 埋没してしまった それも 試練だった

いつか こういう時代が来る そのための 切り札だったのだろう

すでに 調べはついているはずであるが そうでもないかも知れない

どうでもいいことではある しかし 知る人ぞ知る 実戦配備である

百万人といえども われ 行かん 怖れるものなどない

刃向かうは 容赦しない 裏切り背くは ゆるしはしない

過去からの同じ轍は踏まない 十分に学習している

Japan as No 1 復活の時 である 十分に力を得てのことである

技術と英知 は 十分に進化した 十指はすべて渦を巻いている

潜るべき試練は潜った この世の最後の難関を突破した

Japan ship いよいよ 出航である

三十年前は 化城 だった この度は 化城 ではない

一休禅師は 正月に何をしていたか

竿の先に 髑髏をつけて ご用心ご用心と 町内を歩いた

水戸黄門は 全国行脚などしていない

こうした 意味を 理解するものがあるか

2001年宇宙の旅 エンディングのコーダは 何を意味していたか

宇宙は探していた どこに その謎があるかを

ニーベルングの指輪であった あらゆる権力武力金力の 源泉だった

見失われて久しい 世界は 待っていた それは何処にあるか

あらゆる謎は 解明された 釈迦牟尼佛も お出ましである

そういう 時代 である 

世の腐敗が極まった ここで 御破算 である

今あるその姿が あなたがたの 現実である 諦めるべし

真実真理は 世に 現れた これより 悪の淘汰である

これまでは 自覚がなかった これからは 自覚がある

この自覚によって 何が違うのか 黄泉の動き方が違う

これまでは 黄泉も動けなかった これより 黄泉も自信を持って動く

自然が守護している 自然も この時を待っていた

これまでの 魑魅魍魎の好き勝手な天下は終わった

黄泉も自然も 辟易していた しかし 動けなかった

動くわけにいかなかった 存在の意思が 定かでなかったからである

存在が自覚した その意思が 明確となった

それで 黄泉も自然も 自信を持って動けるのである

存在が目覚め 自覚するのを待っていたのである それが 成就した

長い試練を乗り越え 目覚め 自覚が来るのを待っていた 忍耐強く待っていた

宇宙自然生命黄泉は 誰にほほえんだか 宿王華開花

シャドーキャプテンは 自らの任務を自覚した そして 着任した

喜ばしき過去を 未来に移す 思惟することによって それが彼の仕事である

目先の幸せを求めている方々には出来ない仕事である

頭脳の修復は完了した 試運転をするまでもない そのような時間はない

エンジン全開である 全速力前進である この腐敗を 突き抜ける 新しい未来へ 

これまで 本末転倒欲得で自分勝手をしてきたものたちは その利権を手放せまい

そのまま 乗り遅れて 右往左往するがいい 時代はシフトする

新しい時代は 健全な 汚れていない 自由な 若者たち 君たちの時代である

世間に染まっていない 一番機は 自由な空へ 飛び立ったよ 次は君たちだ

さて ここまでしなかったのは 個人的な理由もあった

しかし ここまでして 新たな世界が開けてきた

それは 世の成功者 との 具体的接点が出てきた

これまで そうした 出会いはなかった 裏切られてばかりだった

これは 自分を裏切っていたらだね 逃げていたのだった

それで 地獄に堕ちていた どうにもならなかった

それが 周囲が変わってきた 自分が変わってきたからだね

いよいよ 浮上できそうである やっと 自分の生きる空間へ移行できそうだ

すべて 自分次第だ 自分が蒔いた種だった 何を苦労していたのか

世界は 無限の可能性に満ちている 悲しい境遇は 必要かも知れない

しかし それも 試練としてだ いつまでも そこに浮沈していては意味がない

必ず 道は開ける 求めるものには 

それを実践しつつある

自分はどうありたいのか そのビジョンが描けなかった その理由もあった

それをも 突破できる 人生は素晴らしい すでに 確信している

必ず うまくいく 諦めないことだ このような人生もある

結構 楽しかった これからも 楽しい 楽しめばいい

確かに 甘えていたようだ 反省しなければならない

これからを どうするか 自分自身を生きる それでいいと覚知した

邪魔はない 邪魔も道を空ける そうした境界が開ける

絶対の自信がある 能力においても 感性においても 

神仏との邂逅も果たした 事実である どうしようもない

不思議な力も体験した 知らないものが何と言おうと構わない

私は 知っている 知らないことを知っている ソクラテスみたいだね

抽象的には これ以上ない 鉱脈を 発見した 

これより これを具体化しないといけないね 

持って生まれたものに感謝している しかし それ故の試練が大きかった

世間に馴染めないものがあった 仕方ないね バランスの問題である 

苦労が大きければ 得るものも大きい 結晶するには 時間がかかる

純粋結晶を果たした 不純物はない これより 自分を生きる

やがて 世間も知ることになる 本来大和の 魂の在り方がある

それは 身勝手を好まない 腐敗を好まない 欺罔を好まない 

嘘妄念を好まない 卑怯怯懦を好まない 暴力を好まない 

野蛮を好まない それらは とうの昔に 克服している

それでも まだ 蔓延るというならそれもいい 淘汰は黄泉自然にまかせた

富士は何故美しいか その裾野があるからである

2006年11月28日

真実の花 2006年06月07日

真実を見つけたもの達は、真実の歌を歌い始める。それしか自分の仕事はないと知る。天国と地獄は隣り合わせである。 命を賭けて知ることが出来る世界がある。真実の世界である。それを知ったその時から真実の世界に住む。 それまでは教えに過ぎなかったことが事実真実であることを知る。そして真実のやさしさに憩う。慰むるる。 そして言葉は真実の言葉となる。すなわちロゴスである。蕩々と流れ来る。ルソーの『告白』に等しい。あるいは、 祖父が絵を描けば、あるいは写真を手本に陶器にすれば、自由自在の意匠となったように、言葉が形となる。 そしてその言葉が詩となる。自然を歌う。小鳥のさえずりに等しい。そうした人生もある。 世間一般のあずかり知らぬ古来大和のうたごころである。所詮気づくまでの青春である。修行である。 青春及び修行それ自体に価値があるのではない。さなぎのように通らねばならないだけである。 しかし古来大和の歌心がほろびつつある。何故か。雑草繁茂の故である。これを遺したいのか。失って良いのか。各々の選択だ。 気づくべきは己自身である。持って生まれた種がある。己の分際がある。過去より一続きの魂の遍歴の中でどの花を咲かせるのか。 『悪の華』か。それぞれのDNAに問うがいい。それぞれ繁茂を目指す。戦後ゆるされた自由を本来の自由と思っている。 本末転倒である。己自身を自覚する。もはや惑いはしない。因って大人である。善と悪との基準は自分自身の中にある。 己に恥じるところなければ死をも恐れることはない。それで切腹もあった。祖先黄泉に従う。汚れた世間に染まることはない。 敵は討つ。黄泉の守護、信ずるに値する。少なくとも三十年、悪なさざるによって真実は開示される。求めた夢が実現する。 何を夢見ているのか。夢は夢である。画餅は食せない。真実の世界はある。喜びとやすらぎに満ちている。この世の幸せとは何か。 あくせくしてはいないか。すべては知らしめんが為である。知って初めて確信する。至って初めてわかる。何がわかるのか。 自己自身である。祖先の導きである。祖先の願いがある。それを果たすために生まれてきている。祖先の夢を今実現する。 世間は何をしているのだろう。自己を知り、生まれた喜びを知る。すべてが意味を持つ瞬間がある。 幾度試せども果たせなかった夢も何時かは実現する。あらゆる条件が整う時である。切り札はそろった。 今となってはすべてに感謝している。そして意思がチカラとなる。この世は一つである。今も昔も一つである。現象としての明と暗。 陽と陰。天国と地獄は隣り合わせである。どちらの世界に住みたいのか。地獄から逃れることが出来るなら天国に入れる。 門は何処にでもある。入ってはどうか。人生は一枚のペルシア絨毯に等しい。縦の糸。横の糸。その織りなす綾。 悲しみの涙も織り込まれているだろう。それで良いのである。織り上げればいい。織り上げるのが人生である。 そして織り上がった時自分が何者であったかがわかる。種を得てその花が何であったかわかる。そして蒔く。良い種を蒔く。 悪い種は淘汰する。それが文化文明の歴史である。見るものはそこに真実を見る。見えないものは見えない。 見えないのに大きな事を言っている。そして間違う。間違っても間違いとわからない。それが世間である。愚かである。どうなるか。 淘汰される。時々の思念と行為の織りなす綾。それが人生である。こうして真実の詩人が誕生する。真実の詩人が誕生する時、 それまでの嘘が暴かれる。日が昇れば夜の星は見えない。山に登ればすべて見渡せる。途中からは一部しか見えない。 詩人は宇宙自然のすべてを見て言葉にする。仏語がわからぬ所以である。その言葉はロゴスとなる。そして宇宙に受容される。 そして宇宙を規定する。カラスも白いと云えば白くなる。真実の詩人のチカラである。真実の詩人が現れた時、 これまでの物語の謎がすべて解かれて意味を持つ。そして時代が代わる。新しい物語が始まる。それは回り舞台のようである。 歴史はこのようにして流れる。今も昔も。真実が開示される時がある。それを目の当たりにする時がある。今がその時である。 あらゆる秘密が現れる。そして自己を知る。そして新しい方向性が定まる。大法輪が転ぜられる。パラダイムの変換が起こる。 400年周期説。旧約聖書に秘められていた。世界が一つの方向性を得る。そして様々な物語が始まる。 それぞれが原点回帰の旅に出る。それは自己探しの旅である。こうして時代は巡る。今、始まりの時である。 さてどのようにしたいのか。どのようにするのか。具体的設計図を引く時である。それはひとつの洪々たる創世記である。 新しい時代の開闢である。万物の霊長人間の特権である。はるか昔より秘密護持されたる種今開花す。一切種智慧(法華経) を知る時である。世界は今も昔も一つである。そして秩序がある。本来の自分に戻る。それだけで十分である。 世の犠牲となることはない。真実の自己を生きればいい。真実の花を咲かせればいい。いつも言われた。あんたは馬鹿だ。 お人好しだ。だから騙される。奪われる。それでいいではないか。真実は奪われはしない。いつもの浜辺にいた。 大鳥が三羽飛び去った。何処へ行くのだろう。何処に帰るのだろう。「に」と「へ」。ハニホヘトイロハ。12345678。24。 西へ。すなわち西域。目指すは聖域である。第二位は定位である(連合艦隊における「霧島」。その姿は美しい。 霧島→敷島→廣島。 日本はいい島だ。四季=色。色即是空。自然色々に咲きそう。様々な花があっていい。 本来純粋大和乃花もあっていい。 一切種智慧と宿王華が法華経の神髄。大和復活。日本復興)。(2006/06/07 5:15am) NHK-AMから曲が流れてきた。そのタイトルは"You can go !"。can=may。許可である。 東京特許許可局。 本来の自由達が羽ばたく時が来たようだ。勇気を持って飛び立とうではないか。 産業経済史として貿易を左右した船舶造船技術発展の歴史は舵の歴史であった。さて、新しい舵でいよいよ面舵一杯である。 舵は切られた。もはや後戻りはない。信じる道を進むしかない。過去はすべて失敗に帰した。新しい夢を求めての旅の開始である。 法華経第七『化城諭品』。化城よさらば。真実の城を目指す。(NHK-FM ピアノ協奏曲を聴きながら・・・ クラシック音楽はマーラーで終わっていたのかと思っていた。さにあらず。続行中である。しかし現代音楽は何の鏡でろうか。 時代の叫びである。時は代わった。改めて穏やかで荘厳で美しい調べが戻ってくれるだろうか。 精神の音楽クラシック復活を待っている。 2006/06/07 7:51am)NHK-AMより次に流れてきたのは、 「missing you」。I miss you.というのは「あなたを失って悲しい」という意味。失ってはいない。 いつもそばにいてくれる。すなわちスタンドバイミー。あるいはゴースト。シャガールのみた夢。あるいはシューマンの永遠の恋 (ブラームスは何故複雑か)。それが真実の愛である。見えない世界でささやく。見えない世界でつながっている。 世界は一つとはこれを意味している。次に流れてきたのが「I love your smile.」。 複雑な思念などもう要らない。重荷は降ろそう。鳥が歌い、花が咲く。そのように生きればいい。風の吹く。月の輝く。 それまでの複雑である。素顔のままで。今の自分で十分だ。良い一日となりそうだ。笑顔がこぼれる日となりそうだ。 穏やかさを取り戻す。世間の横暴の中でずいぶんと長い間忘れていた穏やかさだ。何時の頃からだろうか。 私はかつて大林組に乗船した。嵐は大林組を去ってからのことだろうか。その後救助船は来なかった。来るのはサメばかりだった。 その後私は漂流した。今もそうである。私にとってあまりに長い世間の嵐であった。穏やかな陽がさしている。自然回帰。 夢は果たした。時は来た。敵は討つ。自己の内面の愚かな蛇にトドメを刺す。・・・ラジオからは、チューリップの「青春の影」 がかかっている。何とも云えないね。朝方に聞いたのは、CDでムーディーブルース「セブンス・ソジャーン」 のオープニングとエンディングだった。まさに青春の頃だった。今もその中にいる。それで良いのだと思う。 もう考えなくて良いんだと思う。Take it easy! だね。まだまだ馬力はある。負けはしない。最大の敵は倒した。 もう大丈夫だよ。自由ポジションは最高だ。真実の自由へのポールポジションかも知れない。 マシンの状態も最高にチューンアップされている。いよいよこれからだ。ある占いによると私の人生は50歳から開けるとあった。 面白いね。まだ青春のままだ。時は来たね。・・・陽光が明るくさしてきた。森有正氏全集の第一巻は『木々は光を浴びて』 だったかな。ある頃それらも売り払ったよ。そして飲んだのだったかな。 読むものがなくなったら自分で書き始めると言ったのは吉田健一氏だった。 そして作家はその処女作へ向けて書き続けるって一般に言われているね。それから、白鳥の歌ってのがある。 没する直前の芸術作品だ。白鳥は白鳥だね。いつまでも醜いアヒルの子ではない。正宗白鳥ってのもいたっけ。正宗のツバ (自分で勝手にそう思っている)があったのだけれど、どこかに隠したら本当になくなってしまった。 文鎮にしたいと思って探したけれど見つからなかった。もう必要ないけれど。 水は流れ始めたようだ。塞いでいた大岩は砕かれた。 長い間塞いでいた。突破口はないと思われた。しかし生命力だね。いつかは芽吹く。真実の種だものね。 これですべて良かったんだと思う。蓮華の花咲く小道を行く。それでいい。大きな船に乗り遅れてしまったと思っていた。 もう私の人生はないものと思っていた。しかし伏流することもある。むしろ最短距離を歩んだのだろうか。 幼稚園から大学まで通ったのはすべて最短距離だった。導かれたかのように。見るべきものは見た。 これでやっと自分をゆるすことも出来た。おそらく生まれてから最も祝福されていた人生だったと思える。 いつかラジオで失ったものはすべて返してあげると聞いた。ユーミンの番組だったかも知れない。 それが本当に実現するとは思わなかった。しかし本当だった。私は失ったものがすべて形はないが返還されたと思っている。 『十牛図』でいえば第九番である。自然が満ちてきたように思われる。親鸞は仏が自分のためにだけ法を説くと言ったように。 思えば長い旅であった。しかし生きて帰ることが出来たようだ。これで良かったと思う。有為の奥山は越えたようである。 こうして書き綴ることにしよう。天職かも知れぬ。平成日記文学とでもしよう。後世のために一里塚となるかも知れないから。 こうして自分が自分をゆるし受容することが出来るとやすらぎの中にいる。それが密教でいう胎蔵界であるのだろう。 宇宙に受容されている。宇宙に抱かれるためには内面を探る。そして内面の最大の敵を倒した時に魂が宇宙に解放される。 また得た自己の力が金剛界なのだろう。黄泉が味方につく。宇宙のチカラを手にする。それが金剛杵であるのだろう。 これも実践実証経験済みである。もはやどうにもならぬ経験をしている。NHK-FMから流れていたのはルビン・ シュテイン作曲ピアノ協奏曲第4番だった。ルビン・シュタインの白鳥の歌がある。80歳になって最後の演奏だった。 曲目はブラームス作曲ピアノ協奏曲第1番だった。ブラームスが交響曲を書き始めたのは40歳をすぎてからだったけれど、 このピーコン1番は交響曲として構想していたものだった。オーケストラはイスラエル交響楽団、指揮はズビン・メータだった。 ズビン・メータはニューヨーク・フィルを壊したといわれているけれど、よほど相性が悪かったのだろう。さて、 80歳も超えると目もかすんでいたであろう。指も思うように動かなかっただろう。併し素晴らしい演奏だった。 珠玉の音が清流のように流れた。そしてズビン・メータとイスラエル響が完璧にサポートした。祖国に帰ってからの演奏だった。 暖かさに包まれた凱旋演奏だった。私はこのレコードを2枚持っている。CDも一枚持っている。 その他クラシックのCDを300枚あまり持っていた。中には名盤もあった。しかしそれらも殆どある頃に売り払った。 仏の行をしている頃のことだった。次にラジオから流れてきたのはチャイコフスキー作曲交響曲第6番『悲愴』である。 かれはずいぶんと苦しんだことだろう。そしてベートーベンのように歓喜の世界へ至ることは出来なかった。 すなわち毒杯を仰いだといわれている。エルトン・ジョンあるいはバイロンと同じ運命に翻弄されたからである。 どこかで選択を誤ったのであろう。彼自身この『悲愴』に最も愛着を感じたという。 天才であるが故の情念の深さが十分に表現されている。しかし何故か悲しすぎる。途中にある若干の明るい調べも何故か空しい。 それからチューナーを操作して別の局に移った。大人だからねという。何のことかと思ったら例の it だ。さて、 不倫が当たり前のような風潮となってしまった。雑草の天下であるか。ダンスの妙は触れず触れざるところにある。 そうした世界に住する階層もある。精神の格である。一途とかいって憧れることはない。一途が当然の世界がある。 もはや不倫雑草に救いはない。自己の処した運命である。諦めるしかない。諦めるべし。ある時仏さんが言った。 良いことはすべて仏さんのお陰だ。悪いことはすべて自分が原因だ。すなわち前世今世において身と心で犯した因縁である。 身とは殺盗婬、心とは不善を念じた結果である。仏の前に懺悔あらば赦免もある。懺悔なくんば地獄あるのみ。 人間自ら出づることは出来ない。唯、善業の因縁より出ることが出来る。善は仏さんのところにしかない。すなわち修行である。 思い違い勘違い思い上がり、人間の計らい、バベルの塔。そろそろ思い出さないか。日本本来の教えを。 西洋にかぶれて野蛮化したのではないか。軽薄になったのではないか。日本人だろ?平等も良いけど高いレベルで平等になろうよ。 低いレベルでの増殖にはもう付き合えないよ。一部のものだけが得するアメリカ式成功論なんてどうなんだろう。 必ず誰かを犠牲にしている。そしてその手法は偽善詐欺的だ。肌に合わないね。 日本は日本だよ。ここで日本を言う時、 ネオナチズムとは無関係だ。第二次世界大戦はペリー来航に乗じた明治の帰結である。 日本本来の価値を葬った下級精神の所産であった。その後戦後も同じ階層の支配であった。それでバブルがはじけ挙げ句腐敗した。 本来の大和魂を知らぬ卑怯な方々の支配であった。責任の所在を明らかにせず曖昧にする。商人根性である。 本来の日本の精神ではない。行政も民法化し、何もかもが商売的となった。そして進退窮まった。 何時までも本来の日本が黙ってはいない。答弁できるものがあるか。あればするがいい。誰がこの日本を腐らせたのか。 愚かで卑怯で嘘つきの我が身大事の精神である。例えば先日エレベーターで高校生が亡くなった。 それで本日警察の強制捜査があった。私も高校の時にある意味で死んだ。世間について行けなくなった。勉強もせずに弥生書房刊 『定本種田山頭火句集』を持って彷徨っていたよ。だれもその原因を捜査してはくれなかった。その後亡霊のような人生だった。 この度、復活は果たしたかも。しかし失われた時は戻らない。父は十六歳で海軍に志願した。祖父のその頃はどうだったであろうか。 祖父の生家は広島大手町にあった。屋敷にはテニスコートもあったと聞く。しかし没落した。もうどうでもいいけれど。 すべては知らしめんが為であった。併しこのようにして護持されたる秘密日本精神の価値があったのである事は確かな事実である。 そして時が来て正統日本歴史が復活する。どうにもならぬ黄泉の意思であり、計画であった。 しからば腐敗も試練として当然の出来事であったのである。時が満つるということはこういうことである。 勿論この宿命を果たすにはそれだけの能力が賦与されていたのであり、あらゆる課題を仕上げてのことである。 純粋であるが故に守護もあり導かれていた。すなわち「能く是の經を持たん者は 我及び分身滅度の多寳佛をして、 一切皆歡喜せしめ十方現在の佛並に過去・未来・亦は供養し亦は歡喜することを得せしめん。  諸佛道場に坐して得たまへる所の秘要の法能く是の經を持たん者は久しからずして亦當に得べし」(妙法華経p95-96)。 そして、「汝今巳に能く諸の魔賊を破し生死の軍を壞し、諸餘の怨敵皆、悉く摧滅せり」(同p101-102)。さて空王仏。 天王仏。天中天。Air King ! 民主党によると、国家権力を監視するのが放送であるという。 インターネットと放送とが融合してその機能をすでに果たしている。自由の城塞である。 ところで一休禅師は師からの後のための因可状を受け取らなかった。何故か。 彼にとってそのようなものは必要ではなかったからである。理由は当時寺は腐敗していた。 腐敗した寺からの因可状など何の意味もないと思ったからである。それは道元が空手にて帰還したに等しい。 宇宙自然事実が証明している。それを以て確認できることを知っていたからである。あらゆる神通力を知っていたからである。 正受老人の無底船もしかり。世に資格を言う。語るに落ちる。そして、「夫れ釈尊初成道より四味、三教、乃至、 法華経の広開三顕一の席を立ち、略開近顕遠を説かせ給ひし涌出品まで秘せさせ給ひし所の実成の当初證得し給ひし壽量品の本尊と、 戒壇と、題目の、五字七字を教主釈尊(此)の秘法をば三世に隠れ無く、普賢、文殊等にも譲り給はず、況や其の以下をや」 (平等大慧会正報第一号創刊号より)。すでに証明されたるものがあって、自らそれを例題として解いたならば、 それを定理としてそこから進めばいい。

究極の希望

これから何をしていくか 見えてきた

悪舌は功徳の種を断ずる

言わなくていいことは言わなくていい 無記である

言うべき事は言わねばならない

これまで これが できていなかった

相手が傷つくとか 悲しむとか 思って 言わないでいたこともあった

しかし これも悪だった 言うことで解決がある 懺悔ひとつできる

一つのことを解決しないと それは 解決されるまで 繰り返し 出てくる

程度を増して 出てくる それで 今の状態である

さて 希望があれば 癌も克服できる

体内にはそうした不思議な力が隠されている

究極の希望は何だろう きっと 神仏との邂逅だね

いじめることなかれ

おわりより はじまり おわりがありておわり おわりはおわりではなく

また はじまりとなる

と 佛さんの所で聞いてきた 究極の因縁解決は 佛の御法妙であるが

それはどこにあるのか 縁をたぐれば 見つかる

さて おわりがおわりであると 世間では思っている

だから 死んだら楽になるとか 何もないとか 言う

これが 大間違いである 今終わるとする ここが 新たなはじまりとなる

道元も 薪の灰となるにはあらず 

薪には薪の境界があり 灰には灰の境界がある とする

これを知れば この人生において 滅多なことは出来ぬ

自殺など もってのほかである 来世を 自殺より始めるのか

自殺が因縁となれば 何度生まれ変わっても 自殺である

学校は何を教えているのか 世間は何をしているのか

この人生において 成すべきことは何か 己の過去の懺悔である

悪因縁の解決である そのために 生まれてきた

それを させて貰うからという約束で 生まれてきた

生まれると 過去の約束を 忘れてしまう

勝手に 来世は無いと思って 無茶苦茶している

六道輪廻の法則は 宇宙の掟 である

妙法華経は 人間以上の六道輪廻となる

他を犠牲にすれば 自分に帰ってくる

他をいじめれば 自分もいじめられる

身で犯したことは 身に帰る 心で犯したことは 心に帰る

一天四海皆帰妙法 

真実真理である 故に これを 解決する

この世でしか この解決は出来ない チャンスである

その方法は 佛さんが知っている 直接聞いて教えて貰うしかない

それを 世間ではどうか 本末転倒 訳がわからなくなった

本来の自分を知ることで 自分の過去を解決することが出来る

生まれた意味を忘れて何をしているのだろう

何を 浮かれているのだろう 

古来日本に秘密がある 

古来本来卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本の秘密である

それは 法華経宿王華 一切種智慧

世は腐敗した 故に おわりのはじめ 宿王華開花の時節 である

時は満ちた 時節到来 である

この度 オーストラリアに出撃した 三隻の特殊潜行艇の一隻が発見された

海底70メートルに漁網に包まれて沈んでいるのが見つかった

何故 今この時に見つかったのか 謎である

謎は謎であるが 事実 である

 

生まれたる 謎解き終わって はじまるは 本来自己の 実人生なり

懺悔して 謎解き終わり この世なる 実人生の 始まらんとす

魂は 宇宙と直に つながるを 知りて事実の 不思議明らむ

 

人間として生まれた身は懺悔の身である また 償うべき身である

過去に罪を犯している 身とは殺盗婬 心とは不善を念ずる

さて その償いであるが お金で償うべきはお金で償う

自由及び身体で償うべきは 自由及び身体で償う

命を以て償うべきは 命を以て償う 

掟である 目には目を 歯には歯を 

タリオは今に生きている その意味で 身で犯したことは身に帰る

心で犯したことは心に帰る いじめを為すことなかれ

世のバラエティのお笑いの本質はいじめだったのではないか

何故か 他を笑いものにして お笑いとしていたのではなかったか

さて 私も 絶望の淵より立ち上がった 藤村の破戒に匹敵する

苦節三十年を要した しかし 復活は福音である 

この世の悪は 悪 である 容赦しない

己の感性を信じることが出来るか 魂の遍歴及びこの人生に自信があるか

それで 大きな事を言っているのか 問われている

 

生まれた意味

考えることはない 考えることはなかった 

考えている間は 修行である 田を耕すようなものである

考えることが終わって 何かが始まる 電光石火 と 覿面提示

瞬時にして 勝負は 決まる

考えてできるものなど 知れている

長い思念の嵐は過ぎ去った

世界は 存在の意思と心のあらわれ だった

生まれくるは 約束ありて それを果たす時 

風景と心が ひとつ と なる

広重にとって 風景がそこにあった あるいは 待っていた

芭蕉もそうであったであろう

高校の頃には 山頭火 一冊を手に持ち 彷徨うは

その旅 ここまで 辿り着く

嵐の中を 何を求めて 歩きたる

真実求めて 歩きたる そして 真実 現れて

挨拶 しきりに すると見る

振り向けば 生まれた時から 導かれ

真実真理を 探していた 

真理とは 神仏邂逅祝福と 知らずにここまで来たけれど

やがて 何時かは 至るなり

疑いなくなるその時は すでに 齢を重ねしか

今 自覚のありて 世界が 開く

真実証明 日月照らす この事実に 疑う無く 背く無し

真実とは何であったか ある存在の意思あるいは感情だった

この世は 鏡 あるいは その映像だった

あらゆる芸術が それに 感応する

メタ概念としての 心 だった

真実は 考えて得られるものではなくて

真実も 生まれてくるべきものだった

それ故 その種を要する

時至り あるいは 時満ちて

その種芽吹き 開花する 幾千年の種だった

開花して はじめて その種を 知るのだった

これがまた 汝自身を知る ということだった

この世に生まれて成すべきは 過去の自分の解決だった

自分自身を解決するとは 自分自身を知ることだった

本来 自分は 何ものであったのか

過去の自分を知ってどうするのか 過悪を清算する

そして 自己を浄化して 未来に 流す

これが 生まれた意味だった 

そのために 邂逅するべきものがある それが 神仏

自己の内なる 宿王華 だれもが 持ちたる ものなるを

しばらく 粗末に 忘れたる 大和の心を 未来に 移す

大きな仕事をしたのかも知れない

世間は知らない 気づかない

されど 黄泉は 祝福する 風の声にぞ 驚ける

闇夜に咲ける 秘密花 時節至りて 開花する

  

2006年11月27日

この世をば

この世にぞ 我何故に 生まれくる 懺悔の身として 生まれくる

この世をば 懺悔の頃と 気づくとき 我はあらぬを 知りて始まる

我の無く 一切無なるを 知りてこそ すべては自分 悪ろきなるなり

悪を知り その悪なるは 自分なる 故に生まれて 懺悔あるのみ

自分をば 懺悔の故に 生まるると 知りて変わる 一切変わる

自分をば 悪と知るなり 無となりて しかも満ちたる 幸せ喜び

一切は 我を知り得て 開け行く 何があるとも 涅槃なるかも

我を知り 我は無となる 空となる それにて世界 姿あらわす

我こそ無 そこまでいたり 神仏も ゆるしてくれる 自然喜ぶ

犬猫も 我に気づきて ほほえむか アオサギの鳴く 我の行く道

苦の有りて 悲しみ有りて 人生を そのまま楽と 思える頃かも

苦楽有り 苦も楽なりと 気づく頃 我が人生に 春風の吹く

何事も 我が心の現れと 知れば解決 すでに有りたり

この故は 今更世間 染まる無し 自由空間 自由に飛べ

真実の ほほえみ何処 ありぬらん 喜び何処 涅槃常寂

我思う 故に我在り 真実の 世界開けて おだやかなる海

おだやかな 瀬戸の島々 薄白の 小雨に煙る 午後のひととき

この世にて 幸せ何処 ありぬべき 神仏守護する 自然の祝福

おだやかに 寄せて引きゆく さざ波に 遠く聞こゆる 思い出潮騒

魂の ふるさと何処 風景か 開聞岳と 涅槃の風音

生まれ来て 懺悔の身を 精錬す この世の使命 果たされんとす

やがて来る 真実日常 生きんとす 景色の中に 消えゆくこころ

帰り来る ためにぞ心の 旅ぞある いつしか帰る 大和の心

失いて こそ至れる 心有り 無こそ至れる 世界開ける

青春も 人生も無くして 至れるは 古来大和の 風景なるか

大脱走 地下トンネルを 掘り抜ける 自己なる宇宙 自由開ける

我既に 思ふ事なし 下町を 雨降る中を 歩いて居るなり

見つけたる この真実に 生きてんと 世の幸せを 形にしつつ

真実は 世間常識 越えたりを 人の知らざる その証なり

袋地に まよいて犬の 吠えたるか 雨降る雲間 白いお日様

軽やかに 心身共に なりにけり 何思う無く 傘もて歩く

真実を 求むる旅の 終わる頃 神仏見つけ 帰らんとする

風景の かくも静かに なりにけり 雨降る中を 少年と傘

時代が変わる

さて 悟りとは何だったのだろう 自分が自分になること

本来の自分になること それについて すべて 受け入れることだった

それぞれの 魂の遍歴がある 過去より 流れてきたものがある

悪もある 善もある 悪を焼き尽くす 善が光り始める

それが 本来の自分 だった 本来持っていた自分がある

その 良いところだけとなる それが 悟りだね

そして 隻手の音声 を 聞く するとね 何をしても 善 となる

何をしてもだよ ここが 究極だよ 黄泉の守護し給うところである

言葉はロゴスとなる 実現する

お金があっても 善 なくても 善 

これに対して 隻手の音を 聞かない間は 何をしても 悪だ

お金があっても 悪 なくても 悪

これが 仏法だった そこへ至るには どうするか

修行するしかない 過去より 皆 そうしてきたんだ

それは 道元の貧學道 でもいい 徳山の三十棒 でもいい

そして おだやかさ が来る やさしさ も来る 何もかも 赦せる

これが 涅槃 であるし 解脱 でもある

そしてね しかしね 大切なことがある それは これまではなかったことだ

あらゆる宗教の知らなかったことだ あるいは 欠けていたことだ

それが 御法妙 だった これを 贈ることで 過去の因縁が解決する

これなくしては やはり 代々の悪が解決しない その種は残る

活性酸素が良くないね それを ワインで中和しても だめなんだ

体内に その 種は残っている 

そこで 還元水 が いいとなる 何故だろうね 還元水には 活性水素がある

活性水素が 活性酸素を 還元して 水となり 体内に出る 

ちょうど 御法妙も 同じ働きをする 不思議だね

悪の根を抜くには ふさわしい 方法がある これまでそれがなかった

だから 究極の救いはなかった 修行して稀に悟る方がいただけだった

しかし この 御法妙はね だれが 贈ってもいい 

勿論 手強い相手には 功徳力が要るけれども

難行苦行は要らない 佛さんより 授かればいい 

これが 一切大衆を救うということだった

それが 過去より インドの釈迦の滅後 2750年後に 現れるとされていた

それが 実際に 顕されたのだった

知っても 知らなくても そういうことだった

それは 何処にあるのだろうね 探すべし

こうした 過去から 持ってきているものを 勘案しないと モーツアルトは説明できない

そして それが 代々宿王華 だよ 過去からの遍歴が違う

この世では 往々にして それが 無視される しばらく そうだった

それで 世は腐敗した 腐敗しなければ わからなかった

何時の世も そうした ものだったのだ そして 何が善で 何が悪か わからなくなった

こうなるとね もはや 議論しても 無駄ともいえる そして そうであるならば

全てを 空にもどして おわりとし おわりはおわりではなく 新たなはじまりとなる

その時 何から始めるのか 再び 悪からはじめても仕方ないね

市民革命もあった 原爆もあった 権力と武力は 克服したよ

次は 何だろうね 金力からの克服だね その根拠も既に 見つけている

この世で 唯一 腐敗せずに増殖するのは 

貨幣である と する 西洋重商主義理念である その基礎はインカの金だった

欺罔と暴力で奪ったのだよ その呪縛がある それより逃れることは出来なかった

それで 地球がどうなったか 温暖化もしたし 環境ホルモンに 汚染された

昔は アトピーも 花粉症もなかった 化石燃料及び有機化学物質の故だった

どうでも いいけれどね ここより 始めなければならない

そして 仏法がわかるとね 本当の笑顔が来る 救われる 代々の人生のゴールだ

わかるかな わからないよね わかるわけがない 考えようともしていない

この世は 法則通りだよ 宇宙自然生命黄泉に秩序がある 

今 レトックス が 言われている 体内浄化である

魂の浄化の道も 開かれている 

見える世界と 見えない世界は 常に リンクしている

その接点となる存在が 神であり 佛である あるいは 本当の王である

そして それは 自覚することで 実在し始める その為には その種を要する

その種を持った存在がいる 代々の宿王華である 

どこに その種が かくされているか 咲いてみなければわからない

ひとつ咲けばいい 世界がそれに気づく そして 地蔵菩薩が 涌出する

かれらも 宿王華 だったのだ 

それまでは 気づけなかった 世の腐敗に負けていた

しかし 気づく頃となった そういう時節である 

パラダイムの変換が 当然に 起こる 時代が 変わる 

これまでの方法論は 悉く 失敗した 何故か 悪より始まっていた

悪の結果しか 生じない 人間であるかぎり 悪である 

その流れも 限界に達した であるならどうするか 木っ端微塵

再び 空に戻り おわりのはじめ 一より始めるしかない そういうことである

であるなら 善の一点より 始めたいね 未来は 明るい

権力 武力 金力 の上に眠るもの いよいよ そのおわりがきた

人間の情念の出る幕ではない 十分に悪を為した いつまでも何を甘えているのか

宇宙自然生命黄泉の法則である 秩序である

眼根懺悔ということがある 生き馬の目を抜いていては その目は怪しい

 

この世にて 究極夢の 開けたる 思い出全て 懐かしきとなり

本来の 男子本懐 かくなるか 黄泉の救いの かくありなむか

生まれ越し 幾多の試練 今越えて 明日の来るらん 月夜の春に

勝ち急ぎ 本当の春を 知らぬまま 何を大人と 世間は迷う

本来の 人生ここに 明らむる 何を思ふて 否定するらん

どこまでも 自分身勝手 通すらん 本末転倒 お里知るべし

いつまでも 勝手わがまま 通す無し 黄泉の動ける 覚悟有るべき

身勝手の いきはよいよい 帰りは怖い 閻魔世に出で 悪を裁かん

愚かにて 人の迷惑 顧みず その罪しかと 裁かれんとす

昔には 切り捨てごめん 有りたるを この世は彼を 他土に置きなん

身勝手は 他土に置かれて 救い無し それでも我が身 振り返る無し

喜びは 自覚のありて 来るものを 黄泉の祝福 そよ風の吹く

おだやかに おだやかにてぞ 過ごし行く この世の春の 風の吹くらん

秘密有り やがて芽吹くは 宿王華 この世の春に 何を祝わん

時の来て 人類未来 開かるる 産めよ増やせよ 良い時の来る

何故に 人類未来 明るきか 英知は熟し 技術有りける

本来の 人の願いの 実現す 是より皆に 幸開かれる

存在の 人生青春 失えり これを犠牲に 世は開けたる

世間にて 何故か染まらず ここに来る 故に世間の とぼそ開かる

この世にて モーゼの杖は つかれたり 海は開けて 庶民が渡る

庶民とは 善良正直 なる故に しばらく耐えて 来たものなるか

悪は悪 しばらく何故に はびこるか それも身勝手 淘汰有るべし

掟ある 背かばこれを 黄泉裁く 時の来りて 香風の吹く

香風は 萎める花を 吹き散らす 新たに始む 蕾を雨らす

時至り 時代は変わる 何故に 黄泉の動ける 時の来にけり

容赦なし 宇宙自然に 掟あり ここに復活 明るき未来

裏切りは 末代ゆるし あることなし それを知らずに 世間身勝手

本来の 大和の秘密 かくなるを 知らぬままなる 本末転倒

松は松 とこしえの春 来たらんと 試練に耐えて 黄泉に花咲く

いちりんの 咲くは大和の 秘密花 しかと咲き居り 時は代われり

真実を 知らず世間は 勝手なれ されど咲き居る 真実の花

咲けば良し あらゆる試練 肥やしなれ 咲いて我が身の その種を知る

咲くまでは 疑い多き 人生も 咲いてすべて 霧散するなり

何をもて 真実開花 と申すらん 咲きたる花の 春を呼ぶらん

人生は かくも偉大と 知る頃と 時の来たれる 魂の遍歴

罪多し その罪知らず 今日も亦 さらに積み行く それぞれの罪

罪懺悔 そして未来は 開かるる 新しき朝に 何より始む

この世をば 全て自己なる 自覚せば わろきは自分 軒の玉水

真実は 知らぬものには 秘密なり 知るればただに 事実なるらん

真実を 知りてはじめて 幸せの 世界開けて 人生となる

真実は 自ら求め 探すもの この世何処か 待って居るなり

真実を 知らず勝手に 振る舞える 地獄必定 出づること無し

真実は 神と出会いて 神と知る 大和の秘密 知るに至らん

神風は 神と出会いて 吹くものを 神を裏切り 吹くことの無し

神風は 神の実在 知らしめん それよりほかに 目的は無し

畏るべし 神仏 現に 居ます哉 いつしか忘る 現代諸文化

人間の あらゆる身勝手 正さるる 時の来たりて 真のほほえみ

もはや時 すでに天命 下りしに 今の自分に 目覚め始む

未来とは 今より始む 明るきを 信じて時代 朝を迎える

この時を 共存共栄 犠牲無し 新しき朝 涼しかりけり

すでに成す 罪は心に 帰り来る この身懺悔と 知る頃となり

心晴れ 天下も晴れる 真実を 世間何故 知らんと申す

我の云う 黄泉にて開花 すでにあり 犯した罪の 懺悔有るらん

存在の 自覚開花 果たさるる 宇宙自然 祝福し給う

やさしさの 時の開ける 時の来る やさしさだけで 生きてゆきなん

おだやかに おだやかにてぞ 生きゆかん 未来開ける 心の大地

夢開く おだやかこそ 人生と この世の春を 誰と楽しむ

おだやかと いえども火種 のこれるを 知りてぞ富士の 美しかりけり

 

彷徨える 黄泉の遍歴 帰り来る 碇おろして 春風の吹く

道元の 山の運歩は 何故ぞ ロゴスの力 山も従う

雨よ降れ 吹きたくあれば 風も吹け 天をも超えて 自由を開く

意思ありて この世の秘密 解かれたる シュリーマンのごとく 神仏を知る

佛とは 真実知りて 何願う 過去を未来に 移すを願う

子供たち 未来たちに 何残す 心正直 神との出会い

神力は 自己にて探し 開発す 確かにあるを 我証明す

本来の 卑弥呼の系譜 日本なり 大和の秘密 未来へつなぐ

人々の 願いは何処に ありたるか 愛と平和と くらしなりけん

2006年11月26日

佛さんのお陰

右のほほを打たれたら 左のほほをも向けなさい

素直になれるかどうか 幸せの条件

騙されるかな なんて 思わなくていい 

騙されたっていい それも 懺悔だね

やがて 騙すものなんていなくなる

ニルバーナ 涅槃 おだやかさ やさしさ

情熱の火が消えたわけではない

涅槃門 解脱門 佛さんのお陰だね

行雲流水 気の向くまま 赴くままに

生きてゆける それが 幸せ

君 思い煩うこと なかれ

そうした 世界 がある 開ける

人生 亦 楽しからず哉

至りついたんだと思う 

逃れきったのだと思う

帰り着いたのだと思う

これで現実に戻ることが出来る

現実が 始まる

新たな始まり 

ひとつひとつ解決してゆこう

一つ解決して 次の問題が来る

今 解決しておかないと 再びその問題は来る 大きくなって

問題処理能力 問われている 

いつまでも 問題放置 は出来ない

偽善と欺罔で 利益追求の時代 ではない

わかっているよね だったら 実行だ

もはや どんな言い訳も 通らない そのような 暇 はない

人生 かくも 美しい 

風景が満ちてくる そのまま 心の風景だ

大和が出撃した夜の海を見ている おだやかである

 

宝船 この船誰と 漕ぎ行かん 幸せ世界 確かな世界

あふれくる やさしきこころ あらわるる 誰に伝えん 如何に伝えん

幸せは おのがこころと 気づく頃 失えし春 桜咲き染む

おだやかさ こころに秘めて 我は行く すでにかたきは 姿消しなむ

おだやかに こころ定まり 道開く この道確か 惑うこと無し

口にする 言葉に全て 現わるる おのが魂 隠せはしない

その行為 その言葉にぞ すでにあり 隠すこと無し おのが魂

清浄の 心開けて 我ぞ知る 知ってはじめて こころ晴れなむ

こころ晴れ 晴れるを以て 至れるを 幸せ世界 黄泉は導く 

この世には 本来何も 有りはせぬ 心の大地 21世紀の夢

人は皆 思い通りに なりたくて なれない自分 恨んでいるか

何をもて 幸せ世界 開かんか こころおだやか 如何に開ける

至るには 通る道有り 険峻の しかれど通る 佛の故に

 

雨が降っている 力強いが おだやかな雨である 風はない 

道元曰く 己なるかな軒の玉水

おのが心 黄泉 これを 実現する 反射なるかな 軒の玉水

宇宙と魂はリンクしている 自然がこれを証明する 現実となる

全て自分次第だ 善も悪も 善は佛さんに教えて貰う 

宇宙自然生命黄泉に秘密有り 掟有り 背く無し 背かば 黄泉 これを 成敗する

黄泉も従う ロゴス がある 

はじめに 言葉ありき その言葉が実現するかどうか 自分次第だ

すらすらと 思うとおりに 道は開かれる そこまで 至れるかどうか

人生 かくも 美しい 人生 かくも 楽しからず哉 人生 いかに 生くる べきか

幸せを 集めて光る 夜の星 今宵静かに 美酒を傾く

確かなる 己の自己の 定まれる この道 直に 進み行くのみ

救いとは 佛の故に 有りなむを 我知る故に 伝え行くらん

御法妙 この世何処に あらなむか 因縁を解く ほかに道無し

事実もて 示したるをも 疑うは これぞ人間 どうにもならぬ

つべこべと 自分勝手に 思うらん そのままかつぎ どこへ行くらん

救われる 確かな道を 見つけども 如何に伝えん 迷えるものに

見えてない 目をしていながら 見えてると 思っているが 見えてはいない

分際を 知らないままに 平等と 錯覚身勝手 不幸のもとか

神仏は ありはしないと 否定する 時代極まり 不可義なりけむ

不可義なら 議論をしても 無駄なるを 空に帰して 一より始む

いつまでも つべこべ申すか それならば 富士の噴火を 見たいのか 

おだやかさ それにて道の ひらけんと 知る頃来たる 世は流れたり

真実を 知らないままに 勝手なる 世を正してぞ 恨み晴れ南無

恨み有り 本末転倒 魑魅魍魎 一切破砕 清流還さん

 

凡その この世の謎を 理解せん 自己知り解きて知る代々の謎

佛のほかに救い無し 真実とは何か お経と説と現実が一致することである

あらゆる占いも宗教も 究極の真実の反射に過ぎない その意味で謙虚であるべし 

真実は何処にあるか 知っているなら 言うがいい

本当に救われたというなら その証明をするがいい ありはしない

本当の救いは 佛さんの所にしかない 何故か 御法妙があるからである

閻浮提(地球)の大良薬である 薬である 必ず効く 見えないところの治療薬である 

それを 持っているというなら 示すがいい 見えないところを治さないと解決はない

これより いよいよ 真実が 動き始める すでに 準備は整った

何故に 真実が動き始めるというか 黄泉の決定である 今にわかる

 

死んで墓に入ったらこの世の悩みはなくなると世間は言う 大嘘である

それでは 救われない 死んで終わりではない 新たな始まりである

六道輪廻を知ってのことか

死んで終わりと思うから 悪を為す 自殺もある

終わりは終わりではない 新たな始まりである これが 第一義

これを世間は知らない この教えは何処にあるか 佛さんの所にある

佛さんの所とは何処か 真実の御経典と 三体のご本尊様のあるところである

実相戒壇建立が出来る 大衆のための菩提樹があるところである

信じられないなら 涌現して その真実を証明する多宝仏塔のあるところである

見えない世界に通じてその悪因縁を解決する 大良薬のあるところである

本当に救われるところは どこにあるのか 探すべし 

いつまで 愚かでいたいのか 救いはある すでに 開かれている

 

さて これより 人生を 楽しむことにする それまでの修行であった

この人生を楽しむ究極の宝は すでに 発見し 自己のものとしている

すなわち 自分自身 である 

また 世を正す 生まれた使命である そのための 力 も 得ている

悪は容赦しない それだけは ここに 記す 

だからといって 物理的力の行使 ではない

この世に秘密がある それは何であったか 秘密である

その秘密を解いたものにとっては 事実 である

導師はいる かつては モーゼもそれだった

天地自然も従う導師が 世に現れることもある 今そうした時代である

あまりにも 世が腐敗した 人間の身勝手が過ぎた 不可義となった

故に 一つの人類史は終わった 原爆がそれだった

終わりは始まりである 新たに 一義 に帰る ここより 始まる

今度は 間違わずに 進もう すでに 地球は一つである

かつて 世界は無限だった すでに 世界は有限となった

しかし 無限の大地が開かれた それが 21世紀心の大地である

開拓するべきは こちらである 新たなフロンティアだ

黄金はある ロゴスである だれが 見つけるのだろう

新しい 夢物語が 始まった 未来は 明るい 

有限の世界での 領地争い 殺戮 資源奪取 の時代は終わった

時代は シフト した 貨幣及び企業の恐竜の時代は終わった

それらは 目的ではなくなった これより 新たな目的の手段となる

本末転倒が 正される時 を 迎えた 魑魅魍魎は去るべし

21世紀は 知性の時代である 暴力と欺罔は一切ゆるさない

そして その感性が 開かれる時代である 

真実の自由が開かれる時代である そして それは すでに 始まっている

何故か 黄泉の決定 である

2006年11月25日

おだやかな時代〜羅刹は救われた〜満願達成

本日 平成18年11月25日を以て 一年間の満願となった

始めたときには 必死の様相もあった 今となっては懐かしい

その間 様々なことがあった すべて 暗喩的に 記録された

しかし こうした不思議は 生まれたときからあった

それを 否定していた 自分が居た 

だが 何時かは 本気で この現実を つかまえなくては ならない

ルーツへの 旅だった 図らずも 日本の再確認となった

私に課せられていた使命だった 導かれていたとはいえ

困難を極めた まさに 熱鉄丸を呑んで 吐けども吐けぬ だった

そして どうなったか 一切破砕された そして 世界が開けた

そして 大肯定 となったのだった あらゆる価値が 価値でなくなった

自己の感性を 信じていいとの確信だった 世間は虚仮となった

そこへ至るは 険峻な道であった 好んだわけではなかったが 心において

芥を払うこと三十年だった これが 団藤先生の 主体性の理論だったか

世間がゆるせないと思っていた 今はすべてゆるせる さもありなん

それぞれの問題である すべてを背負うことなどできない

背負おうと していたのかも知れない 

相手にしなくてもいいのだと 思えるようになった

相手にするべき方々はいると思うに至った そして

何時しか はぐれてしまった縁の方々を捜そうと思うようになった

そして 世界が開けた おだやかで やさしい世界 だった 敵はいなくなっていた

だれも教えてはくれなかった それも 当然であった

魂は 彷徨っていた 本来の住める世界 シャガールのブルーを求めて

そして 何時か 羽ばたいたのだった 

すべては 自分自身だった 世界は自分自身の鏡だった

日月照らし 風の吹く

これで 賭でもあった 一つの旅を 終える 無事帰り着いた

おわりはおわりではなく 新たなはじまり

私は 人生に 成功したようである 夢は叶えられた

自分の住むことができる世界を 開いたのだろう

代々の務めであったかも知れぬ 新しい時代が開かれた

時 違うことなく 最後の切り札だった 

救われた あらゆるお陰であった

何事も 自分次第である 自分のことは自分でなければわからない

おだやかに生きてゆける 時代が 始まった

グランドデザインは 果たした と 思っている 羅刹は救われた

存在証明は成功した 宇宙自然生命黄泉そして世界が祝福してくれている

十一月二十五日 法華経第二十五 観音菩薩の来臨であろうか

同第十一 多宝仏様がご証明くださっている 

見えない世界は釈迦牟尼仏 見える世界は多宝仏 の所属である

これより 私の人生が 始まる やっと 始まる 運命 だった

存在の詩

秘密開示 この世には存在の秘密がある 

その存在を悲しませないように

嵐が来る その存在に手を出さないように 

悪事を誘惑しないように

死に神が来る 存在はそれを知らない 気づくまでは 

存在も悪を為せば制裁がある この意味で平等である

もはや疑えない 歴史的事実である 代々個々の人生である

存在の存在証明の証拠は集まった 日々 証明されている 鏡

故に 嘘の時代が終わった 真実の時代が始まった

存在が 存在を 自覚してしまった 幾多の試練を乗り越えて

あるいは 有為の奥山けふ越えて

知るべきものは知っている 故に 扶桑の国 

いつかは 芽吹く約束だった 真実の花 

その花が 開花した もはや どうしようもない 

理由などない 事実として 時が来た

これが 宿王華 大和の秘密 一切種智慧 

来世の選択があった 皆の幸せである その道が開かれた

この世の大良薬に ジェンナーの如く 身を投げた

それは 何

平等大慧教菩薩法佛所護念真実証明華徳大菩薩

はじめに 言葉 ありき ロゴスは 本当だった

意識することで 世界の彩りが 変わるのだった

自覚するまでは わからない 

生まれた時から そうだった

確かに 守護されていたのだった

持って生まれたものがある すべては謎だった

特にこの世は 謎だった その謎を解くべく 生まれていた

この謎が 解かれなければならなかった 皆の幸せのために

試練の旅だった 駄目かと思われた しかし 間に合ったのだった 

もう 思いのこすことはない 恨みもない 感謝ばかりである

喜びばかりである もう大丈夫 何があっても 惑いはしない

羅針盤が見つかった 遠く 見失われていた 何故だったか

それも どうでもいい 見つかったのだ 確かに見つかったのだ

世界も待っていた 黄泉も待っていた この時を待っていた

存在によって 確認された それは 何であったか 佛の真実 だった

応無所住而生其心だった まさに住するところなくして その心を生ず

世間に染まれなかった 染まらなかった それが まさに住するところなくして 

その心とは何であったか 佛心 あるいは 悟り 一切大衆を救うこと

人生を振り返る およそ 不思議な人生だった 試練もあった

あらゆる物語が 真実の予言だった かくも 精密な予言だった

それは 当事者にしかわからない 単なる推測ではない 経験事実だった

予定されていたのだ あまりにも過酷な予定試練であった

よく 耐えた 生まれながら 宇宙旅行だった あるいは 深海探索だった

導かれていたのであった 黄泉の計画であった この時が来るのだった

そして すべてを理解した 悪いのは自分だった すべて 自分が原因だった

この意味 だれにもわからない わかるはずもない 

自分のことは 自分にしかわからない 真実だった 秘密だった

そして 知るのだった 無事是貴人 不思善不思悪 思わないことだ

思えば辛くなる 悲しくなる 何故か 現実事実が あまりにも 自分だった

もういいのだ と思う もう解放されたのだ と思う もういいよね

使命は果たしたよね これ以上 耐えるべき試練はないよね 

この世の謎は解かれた すなわち 日月照らし 風の吹く

そして 笑顔の開発である 笑顔に至る あるいは帰る 真実の笑顔である

これで いいのだと 思う これが 解くべき謎であったのだと

やさしさ 暮らし 笑顔 安全 環境 健康 魂の解放 お金からの自由

そして 生きてゆく 何も思い煩うことはない 本来自由 開けたり

遅くはない 失われた人生と青春を 取り戻す それだけのことはしてきた

喜びと感謝で 生きてゆける 笑顔で生きてゆける 亦楽しからず哉

君たちはとんでもないことをしたのだよ 勝手な思いで 存在を裏切り 悲しませた

そして 悪に 誘惑した 悪を為さしめた 違うというのかな 本来の 一切種智慧

しかし 佛は ゆるすという 一切 救うという 佛のための故に 君たちは ゆるされた

であるなら 佛さんの処に 謝りに来なければならないね きっと そうだよ

存在は悲しんだ 何故だったか 自信を失っていた 土壌がなかった

今 その自信が 回復した やがて 土壌も変わる 皆の真実の幸せが来る

心に従って生きる それで いい時代が来る 世の横暴が正される 腐敗は淘汰される

黄泉の決定である 黄泉もこの時を待っていた 是諸存在乃歌 時代の空気が変わった

すでに 漱石は云っていた 精神的向上心のない奴は馬鹿だ 誰が世を支配していたのか

存在は孤独だった だれもその悲しみを理解しなかった 黄泉は知っていた

謎が深すぎた 解くには謎が深すぎた 過去からの存在証明 てがかりは 自分だった

黄泉は導くだけだった 魂のふるさとへ 何時しか 辿り着くのだった

そして 橋は流れた 川は流れず 黄泉の動く時節を迎えた 古来大和の秘密だった

時は至った あるいは 満ちた 宇宙自然生命黄泉の意思が これより 実現する

あらゆる科学を手段として 知性の復活である 似非学者医者坊主は 去るべし

これより 普賢真実が 闊歩する 大白象に乗って 邪魔は一切 淘汰する

人類の願いあるいは祈りは何であったか 愛と平和を手段とした暮らし

佛の願いは何であったか 一切大衆を救う 一人も 落としはしない

地獄に入って 地獄を救う 大地蔵大地蔵大菩薩顕現 自在自由大菩薩 エゴを払う

林羅山曰く 月は至る梧桐の上 風は来たる楊柳の辺

楊柳の辺とは何であったか すなわち 洋流の変 明治維新か

自ずから本来今 日本をもとに還えす 国語の国である 今 主権在民国民主権である

see kure it  シークレット 秘密 観呉 呉音の歌 

黄泉を彷徨はしたよ 日本と人類のために 鎌倉幕府はご恩と奉公だったね いざ鎌倉へ

2006年11月24日

督促

さて各種の督促に追われている 別に心配がないわけではない

しかし 勝手なことをして何をいうかという思いはある 勿論自分も悪かった

それ以上に 社会も悪かった 議論しても始まらない 

上層社会階級諸君 善良な庶民がどういうことになっているか知ってのことか

私が悪かった すべて 私が悪かった そういうことにする そして 解決を図る

逃げはしない もう少し 待って頂きたい 必ず 決着はつける メドはつけてある

個人事業主の悲哀である 企業は利益主義 汚い 容赦ない 別に構わないけど

おだやかに 新しく 解決を図ろう それとも どこまでも 窮地に追い込むか

もしも そうであるならば 後は知らない システムの上の身勝手な横暴を暴く

天草四郎時貞も 平将門も 見参である 知ってのことだろうか

手段はいくらでもある その意味で 本気にさせないように 

庶民が事実を知れば米騒動となる  それで昔は棄捐令もあった

契約の始めに 横暴がある 自分勝手な内容であろう 黙って従うしかない

いい加減に 自分勝手という 自分たちの非も認めては如何か 

これまでの非は非である 私も不用意だったその非を認めている お互い様であろう

それでも まだ 横暴であるか それならそれで 考えもある 覚悟あってのことか

システムの上に何時までも 安住できないと 知る頃である

金融機関の横暴は 末代 ゆるさない これまで 裏で 利益のために 何をしてきたか

何を大きなことを言っているのか 制度までも利用した 守銭奴の権化であろう

何を犠牲にしたのか 庶民が知らないことを以ていい気なものである しかし 天に記録ある

何を商品にして 利益を上げてきたのか いつまでも 善人面はしないがいい

これくらい 云わないと どうも 感情が合理化できない

別に 事を荒立てようとは思っていない 

身勝手が過ぎたね 議論しても無駄な世となったね だったらどうする

代々の御破算でねがいましてはかな 原爆もそうである

真実をなめてもらっては困る 

それほどまでに おかしな世となってしまった

自分さえ助かればいいと思っているのだろうね 

他を犠牲にして顧みない 悲しい習性だね

かつての 苦しい時代もあっただろう その時 どれだけ 犠牲を強いたのか

思い知らされるよ それほど  黄泉は甘くないよ

故意は駄目だ 過失はゆるされる 

君たちは 法の名において 庶民の過失に つけ込む 卑怯

いつまでも そうした 君たちのやり方が 通りはしない 

現実に正直善良の故に貧窮している存在がある 山上憶良 今に 思い知る

すでに 伏線は打ってある 存在の歩んだ 代々個々の人生の軌跡がそれである 

何をしてきたか どのような人生であったか 誰も知らない 黄泉は知っている

黄泉の試練に合格したのだ 故に守護を得た 

世の身勝手など 言語道断 詭弁である 何をしてきたのか 問われている

さて困った 困ったらどうするか 風穴を開ける 

真実を表に出す これぞ秘伝伝家の宝刀螺鈿の槍 邪馬台国大和正統日本の系譜

反論あらばするがいい いつでも相手になる しかし 相当の覚悟あるべし 

容赦しない

おだやかに 話し合おう 解決のために

権力は腐敗する モンテスキュー『法の精神』だったろうか

すでに 人類は市民革命を通っている 原爆も通っている

しかし 権力は腐敗する 長期権力は必ず腐敗する 

長期利益階層も腐敗する 大企業及び経済社会が権力を得たとでも思っているのか 

笑わせるでない 長期平和の中で 何かが 腐敗した これを正さねばならない

終わりは終わりではない 次なる始まりである 悪は淘汰される 善良が芽吹く

そして 新たな時代となる 香風来たりて 古き萎める花を散らし 新しき蕾を雨らす

雨は天 天が雨らす 時が来た 

埋もれていた上級精神は上級精神である その復活である

法華経宿王華 一切種智慧 小さな利益など 追っては来なかった 故に 開花

試練は通過した 新しい境界が開けた すなわち 日月照らし 風が吹く

この真実 見るものは見るべし 続くものは続くべし 世の腐敗にとどめを刺す

モーゼの杖がつかれた その時 海が割れた 偶然ではない 事実であった

さて 私の経験の中に ある衆議院選挙事務所事務局長及び幹事長があった

その時に ある方の紹介で 平沼氏に手紙を出したことがあった 無視された

理由は書かない 石原氏にあることを依頼しようとした いい見聞であった

今 両氏が 世間を にぎわしている どういうことだろうか 私は知らない

ところで 裏切り者はゆるされない 黄泉の掟である 

何を裏切るとゆるされないのか 裏切ってみなければわからない

卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本の秘密である

この秘密 権力関係において 特に顕著である 黄泉の憲法であろうか

故に 神のものは神の手に シーザーのものはシーザーの手に

何を勝手しているのだろう 公務員は権力の担い手ではない

一枚の公務員試験で どのような 権力を得たというのか

主権在民 国民主権 代々の主権である そう簡単には譲れぬ

思い上がり勘違い おかしな世となったものである

さて 貧學道というのがある 佛の方に投げ入れる 命までも

そしてはじめて開ける世界がある それまでの 貧學道である

通らねばならぬ道である いつまでも貧しいのではない ヨブ記もそうである

信じることは そうして やってくる 経験事実に 基づく

利益追求は 地獄だね 笑顔にはなれないね

云わねばならないことがあった これまでは 黙っていた それも悪だった

云わなくても だれか わかってくれると 思っていた 

云わないと わからなかったのだね

やさしさよ こんにちは

これより 開発するべきは何か 笑顔である

満面の笑顔である

白隠禅師がいた 500年傑出といわれた

その白隠 ある日 自分ほど悟ったものはいないと 思った

師である正受老人に 自分の考えを 聞いて貰おうとした

正受老人 いきなり 鼻をねじあげた そして そのまま 外へ引きずり出した

白隠は 理解できなかった 何故 否定されたのだったか

二度目に 白隠は 悟った そして 再び 正受老人を訪ねた

正受老人 すぐに わかった 共に喜んだ 何故だったか

白隠 その笑顔の故 であったであろう

満月のような笑顔があったのであろう あるいは 太陽のような笑顔だったか

禅の 悟りとは それであった 目的もそれであった

笑顔である 究極の目的だったのだ

笑顔で全てが解決する しかし この笑顔 なかなか てごわい

お笑いで笑う笑顔が笑顔ではない バラエティの笑顔が笑顔ではない

暴力欺罔は 笑顔であり得ない お金で笑顔は買えないね

タレントの笑顔は その目が 悲しそう

ベルグソンだったろうか 笑い を哲学した その内容は知らない

笑顔の要件は何か これからの 課題となった

貧困からの自由 は 果たされた そして 新たな課題が現れた

健康 環境 安全 そして 笑顔 である

笑顔で全て解決する 本当の笑顔はどのようにして得られるか

心からの解放があって 得られる 心からの自由 である

ピースマークも笑顔だった 平和の目的も笑顔だろう

あらゆる 漫画の キャラクターも 笑顔であろう それが 可愛い 美しい

卑弥呼の秘密も 笑顔だったか 何故の笑顔であったか

宇宙自然生命黄泉の守護を得ての 笑顔であったであろう 

絶対の自信の故の笑顔 であったであろう

これが 正統大和の秘密 であったか

アマテラスの秘密も これであったか

笑顔の奥で 悲しい目をしていないか 嘘の笑顔だね

佛の願いも これであった のだろう

気づけば 当たり前すぎるかな しかし 新しい発見である

これから 笑顔を 目指す 真実の笑顔を目指す

なかなか これを 手に入れるは難しい 何故か すなわち カクネンムショウ

カクネンムショウの意味は わかっているだろうか

自分の心が晴れれば 天気も 晴れる わかるかな

すべては 経験事実である それなくして 信じられはしない

信じられないことを以て当然とする 経験事実が寂しいね

かくの如く我聞きき そして 歓喜奉行しき 法華経の全てである

歓喜奉行 すなわち 笑顔であった

本当の笑顔の開発が これより 始まる 既に始まっている

この流れが 時代の流れだね 幸せは近い

心からの解放の時代が来た これからの課題となった

悲しみよ さようなら やさしさよ こんにちは

 

2006年11月23日

嘘の時代から 本気の時代へ

時は代わった 本気の時代が来た

本気がなかった 嘘気ばかりだった 嘘気が支配した時代だった

嘘気が天下を取った テレビ芸能界がそれだった 嘘の時代だった

本気の時代が来た 本気になって どうなるか

自己の花が咲く 人生は 自分が自分となることだよ

それ以外にありはしない いつの間にか フォームが強制改造された

自己の芽が摘まれた それが 教育だった 子供の夢を殺した

大人のエゴが

信じるところに従って 生きるがいい 怖れることはない

自己実現こそ 人生だ 可能性は無限だ

これまでの方法論は 悉く 失敗した 西洋の模倣の時代は終わった

西洋心理学の帰結は何であったか ゾンビ だった

日本も それに 汚染されてしまった

さて 皆が困って どうにもならなくなるのが 早いのか

新たな救いを求めて 新しい時代が開けるのが 早いのか

世の傍観者 及び 身分に安住したものたちの 出る幕ではない

これまでの 利益の上で 指をくわえて きょとんとして いるがいい

新しい時代が開けた 夢と希望が 実現する 

それを 信じることが出来るかどうか 信じるものは救われる

本気の勝負の時代が来た 気合いだけでは勝てない

正しいと信じる道を進むしかない それでいい

その道が見えないなら しばらくそのままでいい 何時か見つかる

見つかったらどうするか 迷わずに進め 脇目を振らずに

もう 迷いはしない 惑わされはしない

新しい時代

夢は果たしました それは何だったでしょうか

日月照らし 風の吹く あるいは カクネンムショウ

神仏がほほえんだ 宇宙自然生命黄泉との邂逅だった

これで 生きてゆける 何をしても自由

汝自身を知る 今も昔もそうだった

見捨てられたかと 思ってた 見失われたかと 思われた

やっと見つかった やっと見つけられた 世界も探していたのでした

光らなければ わからない 輝かないと 見つけられない

辛い試練ではありました しかし やっと 本来の自分 見つかりました

生まれた意味を知りました 不遜でしょうか そうでもありません 真実です

天地開闢 天の戸開き この世の花が 咲きました 新しい時代です

さて日本国憲法 象徴としての天皇 真実の王は何処にいるのでしょう

あるいは いたのでしょうか かくされていたのでした 見えない世界に

頼朝も 伊豆にかくされていたのでした 

真実は かくも試練に満ちて かくされていたのでした 歴史の流れです

王とは何か 天地自然も従う 動植物岩石及び鳥類も喜ぶ 黄泉が動く

王に背くなし 黄泉これを成敗す 自覚有りて王となる それまでの 人間身勝手

これより 通らず 時は至れり 時は満ちたる 今も昔もそうである 未来も

祖父もそうだった 父もそうだった 尊祖父もそうであったであろう ここに秘密有り

本来古来卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本の秘密 一切種智慧 宿王華開花

間違いなし 夢は実現しました

 

天空にかかる日月天照らす黄泉も従い天地開かる

神仏に背かば雷鳴とどろかん嵐とならん黄泉なる掟

時ふりて真実かくも忘れたる時満ちその種密かに芽吹く

力得てもはやゆるさず世の腐敗悪の根一切刈らんと欲す

我思う故に我在り望月の清盛の夢今開け居り

幾千年駆けめぐりたる夢の種古来大和の世の帰り来る

神仏は確かに居ます何故に自覚果たして世に現れり

それ故に本来古来今に咲くこれにて悪の淘汰あるらん

嘘妄念黄泉の嫌えることなるを知らずに大人申すぞあはれ

神仏は今はどこにぞ居ますらむ下層庶民の中にて居ます

世の勝手もはやゆるさずみのがさず黄泉は動けるもの申す

究極の力は何処に開花せん黄泉にて咲ける卑弥呼の系譜

疑うも自由なるは自由なれされど裁きは黄泉にてなさん

 

レベルの差というものがある 何を以ていうか 代々個々 乗り越えた経験事実が違う

2006年11月22日

花として咲く

お天道様は見てるね いつも やさしく 時に きびしく

風も吹いてくれている 救いも 自分次第だった

いつも 救われていた 生まれたときから

気づけない自分がいるだけだった こんなにめぐまれていたなんて

生きているって すばらしいね 生まれてきて よかったね

Welcome to the world  世界が祝福している

つまりは こういうことだった

今も昔も そして未来も 変わりはしない

一切種智慧 宿王華 黄泉の掟があったんだね

しばらく忘れていたけれど いつかは芽吹く約束だった

それが 今 

さて それぞれに 思念と行為があって その結果がある

それだけのことだった ほかになにもありはしない

阿修羅となるのも 仏となるのも 自分次第

やさしくなるのも つらくなるのも そうだった

重荷を降ろせばいい いつもほほえんでいればいい

すべては はじめより 与えられていたんだ それが見えなかっただけ

見えるとわかる すべて わかる 悪いのは自分だった

お天道さんは いつも 見ているよ 時に 心配げに

時には 祝福 してくださるよ おだやかに 

 

花々の咲き乱れたるこの世にて みずから咲いて その花を知る

 

やさしくなっていい すべてを任せていい ゆだねていい

この世はそのように すごしゆくべきものだった 

皆が幸せであるとき その中の自分も はじめて 幸せ

他を犠牲にしていないか 嫌な思いをさせていないか

自分が傷つくことはない 立ち去ることだ

仲間はどこかにいる 必ずいる 桃源郷はあるのだよ

君子危うきに近寄らず 名言だね

丙丁童子来求火 ってのがありますね 

自ら火であるのに火を求めてやってきた 

どこをうろうろしていたのだろう

ところで いじめの問題がある

ある日 ある男の子が 赤いセーターを着て 学校に来た

お姉さんのお古のセーターだった 

当然 周囲の子供たちは はやしたてた

次の日のことだった もう一人の男の子が 赤いセーターを着てやって来た

そして 太陽のようにほほえんだ 宮沢賢治だった

かれは 法華経と取り組んだ そして その真実を知った

母をも 法華経に 改宗させてしまった

法華転と転法華がある 法華経に転ぜられていては 自由ではない

法華経も転ずる 本当の自由がやって来る 自由は来る

一つの課題を解いて 次の課題が来る 一つの課題を解くまで 次は来ない

人生の課題がある それを解くために生まれてきた

この世のことは この世で解決しておかないと 来世は また つらい

学校を卒業して 大人になったと思う そして 自由になったと思う

皆同じだと思う そうだろうか 能力の差は そのまま 引きずってるよ

なのに 同じだと思っている それが 大人社会 低いレベルで

平等とはね それぞれの能力に応じて 機会が与えられることだよ

いつしか それがおかしくなったね いつの間にか よくない人間関係が支配している

善良とか正直とか真面目とか 忘れてしまったんだね

本来の自分になるということはどういうことだろうね

おわりは はじまり 前世は何処まで至っていたか

それをトレースする そして この世の人生が始まる

低いレベルはトレースも短い だから 早く大人になる それが 先に はびこる

高いレベルはトレースに永く時間がかかる それで 大器晩成の所以となる

低いレベルは 高いレベルの気持ちはわからない 無視愚弄嘲笑する

しかし いつかは 成長する 花と咲く そして わかる それまでの試練だよ

この世に生まれたからには それぞれに それぞれの花を咲かせる

どのような花も 咲かせる 悪の華は 咲いたときに 刈られる

この人生 咲いて初めて 生くるに 価する 因って 子供を大切に

自分勝手に 子供の未来を 決めてはいないか 子供の未来は 親も知らない

咲くまでわからぬ この真実を あまりにも 無視したね 勝手なことだったね

 

黄泉自然が動く

ある知人の家のインターネットが一台はつながるが二台目がつながらなくなったという。量販店につないで貰ったら、どうやらモデムが悪いということになったらしい。キャリアに連絡して交換ということになったという。モデムがハブ対応でないとか。何を馬鹿なことをいっているのか。一瞬のうちにつながった。量販店もキャリアも何を仕事にしているのか。それを仕事として給料を貰っている。いい気なものである。私には支払いはなかった。これが象徴的現実である。馬鹿馬鹿しくなる。またその知人が政治家というからさらに馬鹿馬鹿しくなる。勝手なことばかり言っている。ボランティア?何をいうか。自発的にしているわけではない。可愛そうに思ってした。感謝の念はないらしい。当然らしい。思い上がりも甚だしい。本末転倒の現実である。そういう生き物か。相手の立場がわからず他の労働力を犠牲にしているという自責センサーが欠如しているね。地位に伴う労働力の搾取がある。そのようなものの政治はおよそ幼稚な政治である。権力は既に克服されている。笑うしかない。相手にすることもない。結果を出して仕事である。結果を出すには能力の差がある。能力が無くても正社員は優遇される。能力があっても発揮できないものもいる。正当な対価に報われないものもいる。利益追求の上での愚かの故か。能力は十分にある。開発も終わった。これより何をするか。自由である。文句は言わせない。下手なボランティアもしない。すでに十分してきた。十分に試させて貰った。本末転倒ならそれで良い。しかしそれを知らなかった自分だった。皆、自分と同じような感性があると思っていた。そうではなかった。その意味でどうでもよくなった。馬鹿馬鹿しくなった。それに気づかず、利用されてきたことが、口惜しい。これほど愚かなことはなかった。しかし、これからはそうはいかない。自分の食い扶持を自分で何とかしなくてはならない。本当の実力を確信したからにはね。勝手なことをしていると、怖いよ。存在を悲しませるとね、黄泉自然が動く。何があっても知らない。何時までも身分に安住しているがいい。その間、実力の差は歴然となる。気づいた時には遅い。矢は遙か新羅を越えている。意思の力と能力の差で人格が決まる。天地もなびく。そうした力がある。そうした力が開発された。あるいは復活した。法華経宿王華開花。本来古来卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本の秘密である。これよりその力が作用する。今までは試練の時だったのだ。もはや容赦しない。何をおろそかにしてきたのか。何を粗末にし犠牲にしてきたのか。よくよく考えるべき時である。あだ花はあだ花である。古来日本の花は何であったか。それを無視愚弄して自分たちの存続があるとでも思っているのか。本末転倒。よくよく考えるべき所である。おのが分際を知るべき時が来た。生まれによる差別は良くない。確かにそうである。生まれによるいわれのない差別は良くない。いわれのある差別まで良くないとしたあなた方の文化が腐敗した。久遠実成の価値の復活である。思い上がりは正される。黄泉が裁く。善財童子が帰ってきた。あるいは浦島太郎である。命を賭しての旅だった。青春も人生も失っての旅だった。そして思った。何を好き勝手してきたのだ。勝手が過ぎた。西洋かぶれが過ぎた。・・・日本精神が風邪をひいていただけかな。

2006年11月21日

浦島太郎の白い煙の後

浦島太郎はおそるおそる玉手箱のふたを開けた

白い煙が立ち上った そして 気づいた自分は白髪だった

自分のおかれている現実が見えてきた はじめて見えたようだった

そして 驚いた 何を夢見ていたのだったか

それまでも 感じてはいた しかし 事実として捉えたのははじめてのことだった

以前は 考えはしていた しかし 確信はなかった いつも 迷うのだった

迷うことで 現実に負けるのだった そして 世を恨んでいた

世を恨むことはなかった 恨むべきは迷いだった 

迷いさえしなければ 現実が変わっていたはずだった

意思の強さは現実をも変える 皆それを知っている

知っているものが 成功者だった 仕事は何をしても良い

何故に迷ったか それが 自分の弱さだった しかし 何時かは目覚める

目覚めた時 現実はどうであったか 自分自身だった

この世は意思と意思との勝負である 今まで 悪と腐敗の意思が勝っていた

これからは そうはいかない 上位の意思が目覚めたからには

エクスパイアとインスピレーション どうにもならぬ次元の違いがある

時は待っていたのだ 待ってくれていたのだ いよいよこれからである

あらゆる 知性と良識が 立ち上がる時 を迎えた

さて 世界の潮流は すでに 自由と平等 を選択している

その流れに乗るしかない 乗って良い そして 成功者は数多輩出している

それでいい その時々に かれらは 最善を尽くした

しばらくは 貧困からの解放であった それは 果たした

しかし その間 健康と環境が犠牲となった 新たな課題である

これを 解放しなくてはならない 真実の自由 のためにである

この結果腐敗については これからの テーマとなった 

この腐敗は 故意ではなかった 責任を問えない

これより 腐敗並びに健康及び環境破壊からの解放を理念としてのビジネス となる

常々 ビジネスとはそういうものである しばらくは 貧困からの解放 だった

新たな時代の開幕である 新しいビジネスビジョン が明らかとなった

これより スタートだ 老若男女は関係ない 熾烈なレースとなる

耐える力があるか 本気で取り組めるか 何時の時代も同じことである

このレースに勝ち残ったものたちが 成功者である あるいは セレブである

お金儲けが目的であるかぎり 必ず 脱落する

センチメンタル 及び 女々しい時代ではない 真実の男の時代である

それほど 困難な 過酷な 時代となった 妄念を基礎とする女には無理である

その様相は これから 明らかとなる 嘘は一切通らない こころすべし

ところで 結果腐敗は 腐敗である  これについては 失敗だった

であるなら 少なくとも この腐敗に荷担した方々は ステージより お引き取り願いたい

浦島太郎は 驚いた 今も昔も 自分は 常に センターに属していた

そして 自覚するまで 認められることはなかった

浦島太郎は自覚した 太郎は太郎である 他に追随するべきではない

時は代わった 何故か 太郎が太郎を自覚したからである

この世に生まれてどうするか 自らの華を咲かせる 自分が自分となる

それ以外にありはしない 

禅に一個半個を打ち出すということがある 一個で良いのである

一個を打ち出せばいい そのための 佛である この意味わかるだろうか

甘えた文化の時代ではない 神仏はそれを好まない

黄泉はすべてみている そして 忍耐強く時を待つ 自覚が現れる時を待つ

あらゆることは サインであり 教えである それに 気づく時まで

気づけばいい それだけでいい 全ては 与えられていたと知る

迷わないことだ 惑わされないことだ 知性として

世は腐敗した その責任が問われようとした しかし それも 救済された

その時々は 一生懸命であったのだ 故意はなかった 見えていなかっただけだった

これからは 違う ある存在が目覚めている 黄泉もその意思により動く

真実である 背くことなかれ 背かなければ良い 

背かば 黄泉からの制裁 がある 

これが 真実である 事実である 現実である

これまでの現実は虚仮だった これからの現実は真実である

こころすべし 虚像の時代から 実像の時代に 戻った

これまでの 人間関係は 虚仮だった 新しい人間関係を作ることにしよう

今 為すべきことは これである ここより始める これでいい

これまでの常識は常識ではない 新しい時代が始まった 

これまでの方法論はすべて通らない 読売巨人軍の方法も 建設業界の談合もである

正々堂々 実力勝負の時代である これが 真実の個人主義である

能力あるものが 正当な機会と評価を得る 腐敗の根源が断ち切られた

一切の虚偽をゆるさない 世の占いもしかりである 恥を知るがいい

『如来の深法』を知ってのことか 

あらゆる評論家もしかりである 今までの間違えた評論を 懺悔するがいい

真実を知っての評論であったか その間違いは天に記録されている

一切の不当利得は現存利益の範囲において返還して頂く

これまでの成功論は一切嘘であった 何故か 真実を知らなかったからである

浦島太郎の白い煙の後 太郎は太郎に目覚めた そして 世界が見えた

世界と自分との関係に気づいた それは 宇宙自然生命黄泉の秘密だった

宇宙自然生命黄泉に 掟 がある それに 気づいた

そして 自分自身が 汝 であると 知った そして 祖先を思い出すのだった

常々 そう であったのだと そして 自覚したのだった

何を自覚したか 古来本来卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本の真実であった

これより 時は代わった 真実の時代となった 畏るべし

真実が 真実に目覚め 自覚を果たした時 その言葉は ロゴス となる

ロゴスは実現する 何故か 宇宙自然生命黄泉がそれを聞き 実現する

ロゴスは 時に 不条理である 何故か 

真実は 真実を自覚したものの感情でもあるからである

真実とは何か 真実の種が 芽が出て 葉が出て 花と咲き 結実した状態である

真実に反することは出来ない 宇宙自然生命黄泉の守護し給うところである

これまでは それを 無視愚弄破壊した 事実である サンクションあって当然である

何故 しばらく 真実に背き 人間身勝手が出来たのか

真実が 目覚めていなかったからである

今 真実が 目覚めている これまでとは違う 真実の意思及び感情が基準となった

早くに 反省懺悔あるべし いつまでも 猶予はないと知るべし

真実がある決断をすれば 黄泉が動く 現実が変わる 久遠実情の秘密である

真実は 既に その試練に耐え その存在証明を終えている 

信じるも 疑うも 自由である しかし 相応の 結実がある 試してみるがいい

真実に 背く無し 背かば 一切ゆるしはしない 力は十分に得ている

宇宙有無開閉の力である 神仏は愚かなるものからの嘲笑を嫌う 嘘を嫌う

やがて 真実が動き始める その時までに おのおの その罪の懺悔あるべし

真実が動き始めた時 真実の意思及び感情に反するあらゆる悪に対して

一切 容赦ない 真実は 白象に乗って やって来る 時は満ちた 畏るべし

動植物岩石及び鳥類も随う 喜んでいる 背くは 唯 エゴ人間である

何時までも 真実を なめて貰っては困る 真実は ヤワ ではない

この世を 阿修羅にするのも 訳ないことであると知るべし

今 居酒屋『火の車』にいた そこに 24歳の自衛官がいた

話をした 思わぬ展開となった 家族には特攻隊で散ったものが居るとのことだった

尊祖父の肖像を見せた 菊の扁額も見せた 尊祖父が広島藩家老であったことも

父が志願兵であり予科練の教官だったと聞いていることも話した

彼は云った 北朝鮮がミサイルを撃った時 最前線にいたと

その緊張関係を話してくれた そして 云った 見えないところで仕事をしていると

ペリー来航以来 本末転倒となった しかし 脈々として 古来日本の精神は

生きていることを 告げた やがて それが 明らかになると

別れ際に 彼は 握手を求め 敬礼してくれた 理解者が居ることを喜んでくれた

わかるものは わかる 本来勝負にならないだけに 黙っているのだ と話した 

その種があるか無いか 一切種智慧 世の中 しばらく 本末転倒している

秩序がなければ 平和も 安全もない 戯言は言えない世の中になりつつある

全うに生きて犬死にするようなことがあればその第一号になれという話もした

かれは わかると云っていた 命は惜しもうと 話したことだった

自分たちは 志願兵であると 自負していた

しかし 私は迷ったことだった 惑わされたことだった 何故にであったか

もはや それらも どうでもいい 己を 自覚してしまった

本来 己は 何ものであったか 辛い作業だったよ 時間もかかった 今のこの世では

世間一般 いくら謝っても謝り切れまい 粗末にしたものがある それでもゆるすと佛は云う

故に 古来本来卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本の精神は復活した 

ゆるされたのである 螺鈿の槍は折られた しかし存在している

このパラドクス 理解できるか 今にわかる その時は遅い すでに 矢は新羅を過ぎた

今更 二度と 本来の自分を否定しない 否定しようとしても出来ないことを知ってしまった

世の本末転倒が過ぎた ひねりつぶそうと思えば訳はない 

我慢している 我慢にも限界がある しかし 我慢している 正直なところである

政府は 国民の生命と財産を護る という 私の財産は奪われた 青春も人生も

祖先は黙ってはいない そのように思っている 黄泉もヒロシマも黙ってはいない

今の私にどのようにして生きろというのか 世間に染まって嘘をついてでも生きろというか

愚かの故か 悉く騙され 利用され ぼろぼろとなってしまった 

世間は さぞ 本望であろう しかし そうはいかない 復活が待っていた

古来大和の秘密である 今に 思い知る 自力浮上復活である 覚悟あるべし

神仏との邂逅

権力は権力によって滅ぶ。市民革命だった。武力は武力によって滅ぶ。原爆だった。金力は金力によって滅ぶ。M&Aであろうか。ただ法力あるのみ。法力とは何か。神仏と邂逅し、神仏に受容祝福され、その守護を取り付けることである。神仏はそれを獲得した存在を通してその意思を確認し、実現する。宇宙自然生命黄泉が動く。新しい仏説であろうか。さて、神仏との邂逅はどのようにして成されるか。その要件は何か。偏に修行による。その目指すは何か。人格の形成である。その過程は往々にして貧學道である。すべてを神仏に投げ入れる。命までも。やがて真実を知る。それは何か。すなわち、歩々清風、常寂光。あるいは、日月照らし、風が吹く。しばらく、是を忘れていた。卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本黄金の国の秘密であった。それを知らず、勝手してきた。因って腐敗した。故に見直すべきは明らかとなった。人格形成である。経済至上主義はこれを知らない。知らないからといって真実がないわけではない。畏るべし。真実は実在する。その化体としての存在の言葉はロゴスとなる。これが宇宙有無開閉の力であった。また基準は何か。それは化体としての存在の意思であり、感情であった。その化体としての存在は常に存在している。恐竜の時代にも存在していた。ある時、その存在が自覚する。滅ぼそうと思えば滅ぼせる。それだけの力が賦与されている。それで、恐竜も滅んだ。それを世間は知らない。それは一切種智慧であり、種である。一切衆生悉有仏性、誰もがその種を持って生まれている。ただ、開発しなければその種は発芽しない。開発とは何を開発するのか。宇宙の周波数である。すなわち神仏との邂逅である。人類の願いと祈りは何であったか。今更、核武装ではない。何を時代錯誤しているのか。世界がゆるしはしない。自由と平等こそ人類が試練の中で見つけた手段としての価値であった。その目的は庶民のくらしであった。庶民とは正直の故に悪を為せず、しばらく虐げられていた方々である。庶民の解放こそ旧約聖書の目的だった。救世主はそのために現れる。それは自覚を以て現れる。それは時が満ちる時である。時が満ちる時とは、悪の滴りがバケツからあふれ始める時である。その時、善と悪が決定される。そして悪は淘汰される。宇宙の秘密であり掟である。そして善の芽が生育を始める。おわりははじまりである。新しい時代の夜明けとなる。そして秘密はふたたび封印される。人類は新しい時代を生き始める。あらゆることは謎となる。様々な夢が描かれる。その夢実現の旅が改めて始まる。すでに世界は地球である。しばらく世界は地中海だった。あるいはそれぞれの地域であった。化石燃料はやがて尽きる。新しいエネルギーが開発される。今原子力だろうか。あるいはエタノールであろうか。ともろこしが高くなっているね。さてその化体は民間企業にあるかと思われた。三十年前のことであった。しかしその化体はその後埋没した。そして何処に存在していたか。かつては国家かと思われた。今は最下層庶民階級である。しばらくは眠らされていた。ここに至って自覚して浮上した。故に世界はそのように動く。古来本来卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本黄金の国の秘密が開示された。草薙の剣が振るわれた。二千年来の出来事かも知れぬ。それだけの試練は経ている。未来は明るい。明るい未来を自覚している。悪は淘汰する。何を以て悪とするか。その基準は何か。存在の意思及び感情を以てである。黄泉がそれを確認し、動く。真実である。人間の思い上がりを正す。教育の目的とは何であったか。人格の形成である。それは品格である。永遠の夢とは何であったか。神仏との邂逅であった。今、それが果たされた。予定通りであったと云うべきか。因って、未来は明るい。神は高きを低くし、低きを高くするためにくる。聖書の言葉である。故に、腐敗せし公務員及び利益のために健康破壊及び環境破壊せし大企業並びに法を破るものたちをゆるしはしない。かつて、バビロンからの解放があった。奴隷解放もあった。女性の解放があった。いよいよ庶民の解放の時である。これに背くものは一切容赦ない。時代の流れである。正直と真面目の復活である。暴力と欺罔が正される。秩序が回復される。知性の時代である。しばらく世を支配した下品と愚か者は去るべし。まず衆愚テレビ界を一掃するべし。ゆるしはしない。腐敗は腐敗である。これ以上の腐敗の増殖はない。正統大和の復興である。覚悟あるべし。それは見えない世界の意思である。黄泉が動く。実現する。良い時代となる。存在は世間に染まってはいない。権力にも武力にも金力にも染まってはいない。この三十年間、世間の外にあった。世間の青春も人生もなかった。そして見るべきものは見た。真実とは何であったかを知った。もはや、勝手な大人の概念は陳腐化した。勝手な人生論も吹き飛んだ。自由は自由が切り開く。新しい時代である。そして実質的な平等が実現する。実質的な平等とは何であったか。平面的な平等ではない。樹木には樹木の自由がある。草木には草木の自由がある。それが保障されることだ。今はどうか。経済的暴力と欺罔が実質的平等を阻んでいる。神のものは神の手に。シーザーのものはシーザーの手に。それを勝手に奪った。当然その返還の時である。その意味、やがてわかる。人格の形成こそ財産である。今、本末転倒した。金融界諸君、罪は大きいね。勝手が過ぎた。奪ってはならないところからも奪ってしまったね。世間の平等概念によって。恐ろしいことだよ。黄泉は知っている。報いはある。秩序があるのだよ。君たちの知らない秩序がね。それはここ百数十年で覆るようなものではない。久遠からの秩序があるのだよ。思い知るがいい。 天から見れば地上の経済的暴力など相手ではない。少年たちに告げる。やがて世は正される。生きているだけでいい。自分で結論を出さないように。命は尊い。やがてわかる。すぐにわかる。自殺してはならない。いじめの実体が暴かれた。悪魔は正体を見破られると逃げまどう。正体を見抜くことだ。救いはある。それを信じて良い。SOSを発信すればいい。救助隊が来る。黄泉からも来る。真実とはそうしたことだよ。正しく生きればいい。悪は滅びる。宇宙自然生命黄泉の掟である。秩序回復の時が来た。魑魅魍魎及び牛頭馬頭は表舞台から去るべし。見るに堪えない。宣言である。しばらく真実が見えなかった。故に楽しめなかった。お金はなくてもいい。必要なだけは与えられている。やがて必要とあらばお金も来る。それぞれの段階があるのである。そして、十分に楽しい人生がある。この世で成すべきは何か。楽々と生きることである。世を恨んではならない。自分が傷つく。孔子も自分の身体は大切にするように説いている。憤るのはいいかも知れない。公憤である。何事も自分のためである。個々の魂の遍歴である。この世を如何に来世につなげるか。楽々の人生はある。それを見つけた。テレビ界のお笑いが人生ではない。いい加減にするがいい。かれらは十分に苦しみの中にいることだろう。日々の平穏が一番だね。好きなことをすればいい。そういう時を迎えた。実質平等の時代が開かれた。世間一般、真実を甘く見たね。真実は真実である。それは時を得て来る。天地を従えて来る。如来である。あるいは自覚である。もはや観念するべし。その時の至る時、真実に反する人間身勝手及び世の横暴、一切ゆるしはしない。

●日面佛、月面佛。五帝三皇是何物。二十年來曾苦辛、爲君幾下蒼龍窟。屈。堪述。明眼衲僧莫輕忽。(碧巌録) The sun and the moon. Each of them is boohda. That has a long life. This has a short life. I've been under the hard life for thirty years. I 've been into the cave of the blue dragon for the truth several times. I found it. The man who has clear eyes cannot deny me.





2006年11月20日

楽々と生きる

it is beautiful to live in this world under the sun and the moon

生きているってすばらしいね 笑顔があふれている

自分次第だったね 何もかも 風景が美しい

楽々として生きてゆける これが見つかった 喜びに満ちて

かくのごとき我聞けり ・・・ 歓喜奉行しき 法華経だね

喜びにするのか 悲しみにするのか 

やる気になれば この世は チャンスだらけだ

ここを 山田無文老師は ダルマだらけ といった

困難はあるよ その困難を困難とするか 楽しみとするか

選択の自由かな 

嫌なことは しなくていい したいことだけ すればいい

自分が変われば 世界が変わる すでに 自由だ

嫌な言葉は 聞かなかったことにすればいい 水に流せる

所詮 固執するべきことなどない

何をしてもいい 大切なのは 自分の心から解放されることだね

思いと行為の結果があるだけだ 善悪などない 責任は伴うけれど

何か 大いなる目的があって それに 邁進できると いいね

そのために 仲間が集うと いいね

今更 相性の悪い方々と つきあうこともない

感じるよね 周波数の問題だよ 

つべこべ言い訳は もう 要らない するのか しないのか それだけだ

時間がない 為すべきことは多い 

ベートーベンも云ってる 急げと

これより 幸せ軍団を 作ることにしよう 幸せの王国となるといいね

これまで どうして苦労していたかもわかったよ

相手にする必要のないものたちを 相手にしていた

すると その間 相手にするべきものたちを 探せなかった

時は無駄に流れたのだろうか そうでもない

通らなければならなかった道だった

自由と幸福について

限りなく自由を求めて人類は進化してきた。かつて王侯貴族の自由が庶民にも開かれた。それはそれでいい。そしてビジネスも目的は自由と幸福だった。今、お金からも時間からも健康からも解放されつつある。安楽な日々が求められ実現されてきた。家電製品もそれを証明している。しかし真実の幸福を得ているだろうか。各種の解放があった。しかし幸福とはいえない現実である。日々悲しい事件がある。何故だろうか。真実の幸福とは何だったのだろう。これから解放されるべきは何か。心からの解放である。これが21世紀の約束であり課題であった。その究極の形は何だろう。すなわち神仏との邂逅であり、その受容祝福を通して、その守護を取り付けることであろう。第一義の頃はそれを知っていた。不可義となった今、それを知らない。やがてそれを知る。第一義に戻る。そのための腐敗であり混迷であろう。仏法はそれを説いていた。そして第一義に至ったとき、言葉はロゴスとなる。過去にはそれがあった。神仏を前に悪は為せない。故に平和であった。人類の大きな忘れ物である。

真実の情報とは何か

低いレベルで何を求めているのだろう。情報とは何であろうか。すべて見えない世界に設計図がある。見える世界に現れた物はその一部に過ぎない。発見とか発明とかはそれを意味する。DNAの構造に似ている。見えない世界に見える世界の原型としての情報がある。その化体しての存在がある。同じ人間の姿をしている。何時の時代にも存在している。自ら自覚している時代と自覚していない時代とがある。過去に自覚したのは、アマテラス、卑弥呼、聖徳太子、ソクラテス、釈迦、キリスト、孔子、デカルト、パスカル、バッハたちだったろうか。その共通項は何か。創始者だった。点、線、面における点であり、第一義、無量義、不可義における第一義である。はじめは説かれ、それが文字となり、そして形象となる。空即是色であろう。例えばソクラテスが説き、プラトンが記録し、アリストテレスがアレクサンダーを形成した。三身即一身である。教えがあって、それを実行し、結果が具体化する教行証である。それはまた知って仁となり勇気を持って生きる、知仁勇である。生命の条件であり、宇宙の秘密である。これらの三つの要素が一クルーであり、これにより人生は成就する。夢が実現する。自分の願いが叶う。それで、何を求めているのだろう。幸せだ。ところが、現実はどうか。その事実を直視する。とても幸せではない。かつては権力かと思われた。武力かと思われた。お金かと思われた。ビジネスは何のためにするのか。生まれた意味を成就するために開花する。何の花を咲かせるのだろう。見える世界は見えない世界の反射である。あるいは映像である。夢は実現する。いまある自分はかつて自分の夢だった。何を夢見ていたのか。思えばそのように導かれやがてそれが現実となる。今ある現実は過去の夢であった。見えない世界にその原型がある。また原型としての存在が現実にある。それが秩序の原点となる。それが現れる時節もある。世間はそれを知らない。そして好き勝手する。自分より上はわからない。皆同じだと思う。不幸は己の夢と現実とのギャップである。上へ向けてのギャップがある。下へ向けてのギャップがある。それぞれの立場があって、それぞれの立場の利益を主張し追求する。政治も欲望の実現と定義される。見えない世界での営みがある。見えない世界は見える世界の誰かを選択する。それが第一人者となる。第一人者は自覚することによってそれを知る。汝自身を知るということである。迷いはなくなる。惑わされることもなくなる。その後も様々な経験がある。失敗もある。しかし大切なのは自覚である。この自覚を以てすべての謎が解ける。自身を汝と知る。言い切ることができるか。それが自信である。少しでも途惑いがあれば嘘である。禅はそこをいう。この世に善も悪もない。評価に過ぎない。昔は略奪も当然だった。悪ではなかった。何を以て正義とするか。正義は時代によって異なる。それは第一人者の意思あるいは感情による。今、どういう世の中であるか。何故そのようになったのか。多数の意思及び感情によってそうなった。少数の知性はそれを傍観した。そして多数の意思と欲望の支配する世の中となった。往々にして多数とは衆愚である。テレビの視聴率主義がそれを証明する。結果腐敗した。自由と解放は必要である。しかし注意を要する。悪が蔓延る温床となる。矯め直すべきは矯め直さねばならない。知性及び良識並びに真面目及び正直が住みにくい世の中となった。正すしかない。子供の頃より特別な存在はある。それを間違えた平等概念で無視愚弄した。暴力と欺罔を以て。そして多数は少数をいじめた。多数の天下となった。その様相は腐敗だった。あるいは環境破壊、健康破壊だった。本来の卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本の種はその芽をだすこともできなくなった。これでいいのだろうか。これで日本の未来はあるのだろうか。問われている。愚かは自分を愚かとは思わない。故に愚かである。何を以て愚かというか。真実を知らないことを以ていう。真実とは何であったか。神仏は実在することである。それを知らない。知らないことを以て否定する。真実こそ正統日本の秘密である。上から見て下は見える。下から見て上は見えない。平等理念は秩序を知らない。秩序があって平和がある。今、どういう現実であるか。何時かこうした時が来ると仏は云っていた。過去にも何度かこのような時代があった。故に恐竜は滅んだ。真実の情報とは何か。見えない世界の秩序を知ってのことではないか。人間の計らいには限界がある。世を惑わす情報が情報ではない。嘘の情報が情報ではない。自信を持って言い切れる情報が真実の情報であろう。

流通革命

怒ってはいけないが、お前に金持ちになれる可能性はない、とある自称成功者に言われた。思わず、その言い方はやめてくれないか、大事をするよ、と言ってしまった。すぐに謝って事なきを得たが、何とも悔しい思いであった。今の世の中、昔もそうであろうけれど、お金とか名誉とか地位とかがなければ、相手を卑下する。その人は言った。お前が、弁護士とか医者だったら、先生と頭を下げる、と。そのようなものか、と改めて知った。今に必ず思い知らせる、という思いに変わりはない。すでに世間一般に対する恨みはない。悪いのはすべて自分であったと気づいている。すべて、自分の蒔いた種である。この本末転倒のこの世の中も。しかし、このままでは済ませない。世の思い上がりを正す。人格形成の価値をあまりにも無視した。守銭奴が大きな顔をしすぎている。どのようにしてそのお金を獲てきたか。反省するがいい。その制裁はある。必ずある。時は満ちた。悪の滴りがバケツにあふれ始めた時、観念する時である。何を以て思い知らせるとは言うか。人格の価値を以てである。それはお金とか名誉とか地位ではない。何を勘違いしているのか。いつからそのようになったかはしばらくおく。問題はこの現実である。何をしてきたのか。そして何を思っているのか。それを思い知らせる。新たな基準が目覚めている。この世は天国か地獄である。お金とか名誉とか地位が天国の要件ではない。少なくともそれらを基準とはさせない。これからは。おのが地獄を思い知るがいい。点から点が集まって線となり線と線が合して面となる。面となった時、その内容は量子力学的である。流通革命が起こるであろう。これまでは大企業が点であった。流通はシングルレベルマーケティングだった。そして例えば国鉄の解体、NTT及び郵便局の民営化により、点は線となった。しばらくはそのレベルだった。世の流れである。これから、面の時代にはいるのだろう。インターネットがそれを可能とした。どういうことか。流通はインターネットの如きとなる。情報及び商品が各家庭を直接流れる。マルチレベルマーケティングがそれである。すでにアメリカでは60年前からその実験が為された。そしてそのシステムは完成している。世界の潮流である。日本もそうなる。故に大企業の終焉である。図体ばかり大きくてその維持にコストがかかりすぎる。コストの故に、環境破壊となろうと、健康破壊となろうと、利益のために何をしているのか。これより流通において消費者はその価値を知って商品を選択する時代となった。グリーンコンシューマーの時代である。知性の進化の故である。これまでの売買イメージは時代遅れとなる。継続的関係において商品は流通することになるのだろう。その媒体は知性である。時代の流れである。そのようにして自由は拡大する。お金からも時間からも健康からも解放される。思い煩うことなく生きてゆける時代となる。しばらくは産みの悲しみだろうか。懲役のようなサラリーマンたちよ。残念だね。他の犠牲の上のセレブたちもその制裁は近い。いつまでも知性及び秩序が黙ってはいない。その時になって悲しむ前に考えるべきことがあるね。