私たちが人間として生まれた意味は何だったのでしょうか。改めて見つめる頃だと思われます。人間として生まれて初めてできる事があります。それが修行でした。釈迦も前世でずっと修行していたのでした。ある時には、羅刹に真実を教えてもらうために身を投げ、帝釈天に掬い取られたとも言われています。六道輪廻にも右回りと左回りがあって、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天から、人間、天、声聞、縁覚、菩薩、仏へと移行することができるとされています。そのたに修行が必要となるのでした。やがて大自然がその存在に気づきます。するとどうなるのだったでしょうか。ある時には台風が突然消失することもあるのでした。そのような不思議があるのです。だからこそ、修行のしどころであるのです。都合が悪い方々は、それを否定します。しかし、真実は真実です。どちらの方へ向かうのでしょうか。それぞれの自由です。身心清浄となって初めて見えてくる世界があります。知らないことを以てそれを否定します。しかし真実は実在しているのです。仏は今もいる、と法華経にあります。