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呉市海岸 後藤静雄

ここに来て、あらためて気づくのは、善も悪も、もともとはないってことだった(本来無一物)。ただ、善の種を蒔けば善の花が咲き、悪の種を蒔けば悪の花が咲く。また、仏とは悪の失せた存在だった。悪魔とは嘘の結果だった。人間はどちらにも成り得る。ここが選択の自由だね。どちらの道へ進みますか。
 
この世に生まれた意味、そして生きている目的って何だったでしょうね。諸価値は何だったでしょうか。それを探す旅もあるのでした。まさに〇〇を尋ねて三千里といったところです。あらゆる謎が解かれるでしょう。そしてすべての意味を知る日が来ます。本来無一物だったなんて。愛と自由とやさしさでした。
 
大自然及び大宇宙が守護し、祝福します。それが証明でした。それはあるのです。信じて進むしかありません。生命体としての宿命があります。過去からの罪を払拭して自由となるのでした。それが地上に生まれた意味だったのです。辿り着けるでしょうか。
 
確率論を集大成したパスカルは大数学者だった。社交界へのデビューは30歳を過ぎてからのことだった。そしてある夜、神からの啓示があった。その時のことは小さな作品『メモリアル』に記されている。その後、彼は大神秘家となった。『パンセ』はどのように説明すると民は神を信じるに至るだろうかについての草稿だった。その中に、≪人間は考える葦である≫とある。これは既に人口に膾炙されて久しい。その次に、≪その葦を通して宇宙を観る≫と続く。パスカルは何を観ていたのだったろうか。
 
トルストイは『戦争と平和』が世界最高の文学であると称せられた大文豪だった。しかし晩年になって、それまでの自分の文学をすべて否定して、『イワンの馬鹿』を書いた。そして原始キリスト教の教祖となったのだった。彼は80歳を過ぎて放浪の旅に出た。ある寒い雪の夜、駅舎の前で彼は倒れた。駅員がそれを見つけて駅のベンチに横たえた。暖かい毛布を掛けてもらった。そして帰らぬ人となった。……彼の妻は悪妻だった。

  

p305 《現状維持がいいと思う人と、変革を望む人たちがいるんだよ。……両方が『どちらも正しい』と考えて、『どちらでもいい』と認め合えばいいんだよ。……たしかに、世界中の人々が『どちらも正しい』とお互いを認め合うことができたら、戦争すらもなくなってしまうかもしれませんね。》
  
久しぶりに本を買って読んでみました。忘れかけていた何か大切なものを思い出すことができました。本って、本当にいいですね。凄まじく読書していた頃がありました。あたかも苦行のようでした。再び読み始めましょう。メモを取りながら。これからは、楽しみとして。

《大半の人はお金が最大の価値であり、お金を稼ぐために頑張っている人も多い。この考えを変えない限り、成功することもお金持ちになることもない。お金は最大の価値ではないからである。世の中にはお金以上の価値はたくさんある。その価値の比重を見ない人にお金が舞い込むということはない。お金というものは、そのもの自体に価値があるのではなく、交換ツールに過ぎない。だから、お金以上の価値を差し出すことができれば、協力してもらうことも、応援してもらうこともできる。》   久々に、面白いと思われる新刊書に出会いました。