何が真実だったでしょうか。それを探す旅がありました。求めよ、さらば開かれん……。幸せとは何だったでしょうか。愛と自由と平和だったのです。此処から、始まるのでした。いよいよ……。

愛と自由と平和を求めて

2013年11月27日

時代は今、とてもキナ臭いですね。だれあるいはどの階層の意識が作用しているからでしょうか。思考は現実化します。私たちはなりたい自分になっています。その要件は明確な意思あるいは意識です。インド哲学において既に、概念が現実化するとされています。私たちの意識を明確にすることで時代を画することができるのです。愛と自由と平和を求めて生命体は進化しています。いくつもの悲しい時代がありました。今こそそれを乗り越える時です。
 

2013年11月16日

花は何処へ。その花はもう咲かないのかと思われていた。それは種として遺されていた。いつか咲く約束だった。何の花だったのだろうか。時代を確定する花だった。すなわち本来日本の花だった。咲くためには時を要した。また属性を要する。卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本家伝直伝秘密花。本来日本は神国である。いつか見失われていた。何故だろうね。公害並びに譲渡担保及び仮登記担保等、他を犠牲にして顧みることなく自己利益を追求する時代だったからだった。咲くためには条件があった。それは真実を明らかにしなければならなかった。あたかもそれは最終定理だった。そしてそれが明らかとなった。証明は大自然及び黄泉がする。そして咲いたのである。咲けばだれもがわかる。輝けばだれもが見える。日が昇る。明るくなれば何もかもが明らかになる。戦争も辞さない方々の支配があった。それは恐怖を以て支配していた。とても巧妙である。それも見抜かれた。アメリカは公言している。日本が右傾化することはあり得ない。これを以て日本の未来が確定した。日本は世界において何を反省し、何を学び、何を発信するのであったか。日本とはどういう国であったのか。明らかにされた。これで日本は大丈夫である。人類も大丈夫である。ここに重大な使命があった。それが果たされたのだった。そして咲くのだった。
 

2013年11月14日

やがて時代は収束する。そして真実が明らかとなり、時代の不安と混乱が収まる。何故だろうね。導かれていたとしても、彼の青春と世間的な幸せは失われていた。解明しなければならない謎があったから。それが成就した。本来日本の復活のためだった。いよいよとなりましたね。今度こそ大丈夫のようですね。お疲れ様でした。そしてありがとう。余生はどのように過ごしますか。あなたには大きな使命があったのですね。あなたはそれを成し遂げたのですか。だれも知らないところで。私たちは知っています。すべて見ていました。あなたはいつかする、と思っていました。そしてあなたが確定しなければならなかったのです。何が真実であったのかを。あなたの経験事実がすべて真実だったのです。周囲巷は知り得ません。当然です。魂レベルがその段階に至っていない。待っていた世界は知っています。そして驚き、祝福しています。ありがとう。本当にありがとう。
 

2013年11月09日

まさか、あなただったなんて。私たちは知らなかった。だが、そうだったのですね。ありがとう。本当にありがとう。
 

2013年11月12日

高速度回転頭脳で創出されるエネルギーがある。それが思考力だね。その時の周波数を感じてごらん。どこに接続されているだろう。悪魔だろうか。神だろうか。仏だろうか。その時、何を感じるだろうか。それでわかる。明確なメッセージがやって来るだろうか。あるいはメンターが現れるかな。場合によっては交信となる。何と交信しますか。最も高度な周波数の開発はやがて神あるいは仏との交信となる。神あるいは仏とは創造力であり、普遍の愛だった。だれもが待ち憧れている。その時代が来たようだね。よって、未来が明るい。明るい未来へ出発する頃となりました。
 

2013年11月14日

明らかに何かが変わったような気がする。自分が変われば世界が変わる。一隅から。すべて喜びとなる。すべて大切にしたいと思うようになる。それが愛だったって思える。そして確かに幸せはやってくる。何もかもやってくる。このような人生もあるのだった。今思えば不思議だね、人生って。いつかだれもが至る道。見つけたような気がしている。それは本来日本にあった。発掘だね。あるいは発見だ。まちがいない。それは伝えられていた。しばらく封印されていた。或いは眠らされていた。糸車の針は抜け落ちた。時が満ちるのを待たねばならなかった。それはある。みんなでそれを手に入れて実現しよう。それは何だったのか。明らかとなっている。それは本来日本の精神だった。嘘とかバイオレンスとかを排除してそれは見えてくる。燦然と輝く。太陽のように。日はまた昇る。

この扁額と肖像画は祖父良亮が戦前に広島の生家から持ち帰っていた。扁額は裏金箔、テニスラケットのガット状のもので編まれたキャンパスに大和絵が描かれている。誰の作かはわからない。肖像画は桑原千畝である。広島藩城代家老と聞くが真偽は定かでない。これも作者のサインは無い。別に螺鈿の槍及び長刀が鴨居にかけられていたらしい。また、景山の名が記されている花台も祖父が持ち帰っていた。何も聞いていなかった。故に苦しんだ。本来日本の何かが粗末にされていたのではなかったろうか。明治以降及び今も、大きな勘違いがあったのではなかったか。その後、広島市中区区役所に除籍謄本を請求した。待つこと2時間半、それはあった。その一通で六代、さかのぼることが出来る。家康も明らかな祖先は六代である。手渡す時の官吏の手は震えていた。