秩序
2009/09/20


かつて太陽王がいた 平清盛もいた ナポレオンもいた

朕は国家なり
望月の欠けたる事のなきを思えば
Able was I ere I saw Elba

しかし すべて没落したね 何故だったんだろうね その後 復活はあるか
その要件は何か 大和魂と大和撫子だよ 即ち
身心清浄及び正直を以て旨とする 民のためにするとき 神風も吹く
見直すべきはそれだった 

しばらく学校の勉強は役に立たないとする階級の支配があった 
そしてどうなったか 利益のために諸価値を破壊して顧みることはなかった
自己利益追求が一人歩きした 馬鹿になることが幸せだと吹聴した 
そして何を餌食にしてきたのか 下手な閥(カンニング)を以て成功とし 支配した
法律に抜け穴ばかり探す方々がいる 法律に隙間はあっても抜け穴はない
彼は何処を彷徨っていたのだったか 欺きとバイオレンスの世界だった
三十有余年 見捨てられていた 誰もが彼を笑いものにした 貶めた 裏切った 辛かったね

そして真面目を笑った 善良な相手を貶めることを以て自らを優位と思った
お笑いの笑い声を自ら聞くが良い 唇寒し秋の風
今までは通った 何時までも通らない 行きはよいよい 帰りは怖い
何故だろうね 時が来たからである それは何を以ていうか
小林秀雄はいった 歴史は大河のごとく流れる
彼はいった 歴史はこのようにして流れる

日本国憲法も歴史的所産だった 
それは時代の大宇宙及び大自然に対する反省と宣言だった
亦 プログラム規定だった その成就の頃である 
政府にとっては努力目標に過ぎなかった
それをいいことに勝手した方々がいた 
一枚の公務員試験で権力を手にしたと思ったか

花は何処へ 正統源氏頼朝は伊豆に流されていた
花が咲いた 何の花が咲いたのか 梅の花は既に咲いている
この度咲いた花は何か 知る人ぞ知る 「朝日に匂ふ山桜花」
「富士には月見草がよく似合う」

世の中に秩序がある 前世にも来世にもある 知らなかったね この世に於いて 貶めてはならない者がいる 知らずに貶めた 怖いよ 何故だろうね 彼はいった 一休髑髏ご用心 半端ではない 王の目 王の耳 ということもある 壁に耳あり障子に目あり 隠密剣士もいたね ソランもいたし エイトマンもいた かつて政治家はいった 詩人のいうことなど 耳を傾ける暇はない 今はどうだろう 政治は物語ではない 本音だね 確かにそうだけど 言葉にはご用心 政治とは欲望の現実化である 何が真実だったのだろうね

知らないのだろうね 古来日本に秘密がある その謎が解かれる時がある 時代は無事 開かれた 代々の務めだったという 認めたくはないよね しかし事実である 彼はいった 生まれた使命は果たしたよ 日本は大丈夫だよ 知らない世間は構わない 世界は知っている 黄泉も待っていた それは昭和50年のはずだった 或いは昭和56年にもチャンスがあった しかし時の悪戯があった 彼は気づけなかった 三度目の正直である 戦後は殊の外困難だった 此処まで完成させなければならなかった 全共闘的自由は自由ではない

双葉山がいた。69連勝は不滅の記録といわれている。何故だろうね。それは昭和11(1936)年1月春場所7日目から始まった。次の場所からの5場所連続全勝優勝を経て、その間、それまでの連勝記録であった谷風の63連勝を約150年ぶりに塗り替えた。破れたのは、昭和14(1939)年1月場所4日目(1月15日)のことだった。相手は安藝ノ海だった。ところでこの間、角界では打倒双葉山のために日夜研究と稽古があった。早稲田大学出身の笠置山が双葉山の弱点をみつけていた。それは右足を狙えということだった。亦、双葉山は5歳の時に吹き矢が右目に当たり、右目はほとんど失明状態であったという。さて、双葉山は相撲の神様といわれ、その後、別格であった。優勝回数は12回にとどまるが、当時、年に二回しか場所は開かれなかった。69連勝もその意味するところは、3年間、無敗である。これを現代の制度の中で比較して軽々に論ずることはできない。白鳳はこの度優勝すれば双葉山と並ぶことができてうれしいと今場所の抱負を述べた。双葉山を破るのはどの力士であるか。それは何時か。双葉山を破ったのは安藝ノ海だった。決まり手は何だったのだろう。右足外掛けだった。この頃、昭和2年3月7日に生まれた私の父昭亮(あきのり)は8歳から11歳だった。今だったら、小学4年から6年で、少年時代に、双葉山と同時代だった。私の頃は、大鵬と柏戸だった。祖父は中等学校相撲界で活躍していた。こうしたことも気づけないままだった。さて、双葉山は安藝ノ海に負け、心の師としていた安岡正篤氏への打電を依頼した。

イマダモッケイタリエズ(未だ木鶏たりえず)

学生の頃、もっとも愛読した専門書は『日本の秩序』という本だったろうか。タイトルは定かではない。亦、行政法は柳瀬良寛先生の『行政法講義』だったろうか。インターネットが普及する前にパソコン通信があった。仕事を終えて、『まいトーク』に向かうときが、とても楽しいひとときだった。その後、埋もれたままで良いと思っていた。もはやこの世では私の人生はないと思った。しかしそうではない。やはり種は種である。そしてこの度の一連の作業に心を決したのは、2005/11/26だった。その後、さまざまなブログにも書き散らした。いろいろなことがあった。今となっては楽しい思い出の一つとなった。悔いはない。そして明らかにゴールである。一つの仕事が終わった。方向性は定まったことと思う。二度と悲しみの中に埋没したくはない。本日を以て一連の作戦を終えることにする。憲法の変遷という概念がある。憲法制定権力という概念もある。特別権力関係もあった。防衛施設局は別表だった。この世の最高権力は何処にあったのか。追憶する頃である。即ち、主権在民、国民主権。ある日、あるラジオの某有名女性キャスターはいった。この世の最高権力者が何かいっている。是も彼は聞き逃してはいない。

ここであらためてお詫び申し上げます。時間がかかりすぎたのかも知れません。しかし内容に於いて自負するところがあります。この研究は、これ以上はないところまで達したのではないでしょうか。これより日本の時代です。重要な使命があります。亦、各方面には、常にあたたかい導きがありました。こころよりお礼申し上げます。