信じてみないか、こころの自由

2013年10月04日

何が幸せだったのだろうか。桃源郷である。それはある。そこに至る方法がある。それを探して旅をしている。この世で。それを知っている人がいる。確かめている。だけど、それを信じられない。それはないと思う。そこを法華経は「人間自ら出ずることあたわず」とする。素直になるといいよ。信じることだ。信じることはある意味で怖いね。騙されるかも知れないと思われるから。だからそこを「飛び込む」とする。そして「飛び込んだ重さで浮かぶ蛙かな」である。救いはある。そばに来ている幸せである。それが見えない。わからない。聞こえない。そしてますます地獄で浮沈する。何が真実だったのだろうね。それは伝えられていた。都会の喧噪の中では聞こえない。寂滅現前である。こころを澄ませて聞いてごらん。隻手の音がしている。救われたいね。幸せになりたいね。素直になることだよ。蓮華の前に化生するために。それは死ぬ覚悟を必要とする。大死一番絶後に蘇る。本当に死ぬことではない。サナギとなるに等しい。そして生まれ変わるのである。この世で。メンターはいるよ。すぐそばに。それが見えない。聞こえない。わからない。そっと手をさしのべるのだけれどそれを拒んでいる自分がいる。やさしくなろうよ。みんなでこの苦難の現実を渡ろう。それはできる。それが必要な時代となった。モーゼが杖をつく。海が割れる。どこかの海底で大地震でもあったのだろうか。私たちは幸せになるために生まれている。そのために必要だったのは自己変革だった。いつまでも浮かれていると永遠に火宅である。毒も害することあたわじとする方法がある。信じてみないか。真実を。普遍の愛を。いつまでも殺戮による版図拡大ではない。独裁は滅びる。市場経済における自己利益追求はどんなに富を重ねても地獄への片道切符だった。こころの自由が得られない。物語を書き換える必要がある。解釈方法が必要である。自分が綴った物語から自由になるために。それに縛られていた。放下著。手放すべきはそれだった。それが無であり、空である。そして大空を飛翔する。大地を闊歩する。自由となって愛となる。世界平和となってだれもが幸せを感じる。新しい時代のビジョンである。新たな開闢である。時代はシフトする。これが21世紀の約束だった。地球も十分に齢を重ねている。本来人間とは何だったのかも明らかとなった。巧妙な支配の中で眠らされていた。糸車の針は抜け落ちた。時だね。これからだよ。幸せになろうね。だれもがこころの自由と平安を勝ち取って。私たちは本来一つだった。本来日本はそれを知っていた。それを目指していた。ここに人類として重大命明白なる使命を果たし終える。恐竜は恐竜として幸せになろうとした。しかし滅びた。私たち人間には重要な責務がある。思い出す頃となった。万物の霊長として神の七つの力が賦与されていることを。それが封印されていた。何故だろうね。その力を何に使うかがわかっていなかったからだ。何に使うのか。あらゆる存在のために使う。愛と自由と平和を実現するために使う。生命体としてのゴールである。それが神仏だった。このコードが秘められていた。私たちのDNAの中に。その謎が解かれた。やがて時代はシフトする。淘汰もある。貧しき人は幸いである。神は高きを低くし、低きを高くするために来る。それが平等と言うことだった。観念するしかない。もう、始まっている。時は熟している。だれもが自由となるために。
 

出航、未来へ

2013年10月04日

黒船の呪縛からのがれるために戦艦大和を建造した。原爆の呪縛からのがれるための原子力発電所だったのか。それらはどちらも悲惨な結末を迎える。黒船に乗じた明治だった。日本精神骨抜き占領政策に乗じた戦後だった。馬鹿になることが幸せかと思われた。これより日本は蘇る。世界平和と愛と自由をこの世に実現するために。そしてだれもが幸せを感じる。権力は既に市民革命によって克服されている。戦争は無価値となった。人間の尊厳に基づく民主主義も定着する。いよいよ出航の頃だね。未来へ。あらゆる人類としての富と英知、そして技術を結集して新しい時代のパラダイムを創造する。ところで日本は無条件降伏している。この事実を忘れていたのだろうか。その秩序の中で、世界に貢献することを約束している。勘違いしていたのではないだろうか。いつまでも愚かではいけないだろう。浮かれてはいられない。世界のために。人類のために。日本の生きる道である。