まじめに考える頃だよ

2011年07月24日

  • 何もかも まじめに考える頃だよ 悪ふざけの時代は終わった 自分達の利益を追求することでどうなったのだろうね それが生きることだったのだろうか 取り締まるべきは取り締まる 暴走族など以ての外である お笑いもほどほどにしようね 娯楽を以ってする日本精神骨抜き占領政策は失敗に帰した 取り戻すべきものがある 何だろうね 愛と平和を以って手段とする本来日本純粋精神 目的は個々の幸せだね 私たちは幸せになるために生れている この世は過去からの夢の実現過程である 魂と宇宙及び自然は連動している 私たちは自然の一部である バイオ(遺伝子操作)など以ての外である 脳の地図ができてすべて解決するなどと思わぬがいい 昔よりバベルの塔は立ちはしない 科学は自ら証明できないことを信じることができない しかし真実は見えないところにある ビッグバンの時からそうである 神仏は実在する 帰るべきは神仏である 神仏とは真実であり見えない世界を含む宇宙だった 何を思い上がっていたのだろうね 何を勘違いしていたのだったか まじめに考える頃だよ 真剣に生きる頃だね 殺戮を以ってする版図拡大の時代は既に終わっている 人類は学ぶべきは学んだ 万物の霊長として未来に責任がある そのために神の七つの力も賦与されていた 見直すべきはそれである 多くの失敗を犯している 反省する頃となった 犠牲の上に幸せなどありはしない 生命体の一部に過ぎない人類としての生存が危うくなりつつある 本当の幸せとは何だったのか 愛だね 
  • 自己利益追求及び経済至上主義では愛より遠ざかるばかりである ところで愛について三段階あることを パスカルを研究して森有正氏が明らかにしていた すなわち 動物的愛と人間的愛と神の愛(アガペ)だった この大三の愛をインド哲学では普遍的な愛とする 孔子においては仁だった そして 山田無文老師は仰っていた 人間性人間性といって動物性を追求しているではないかと 彼は言う 愛とは動植物及び岩石も喜ぶ周波数である 愛は自分のためにしない 故に公共性概念は本来愛だった ある営業インストラクタが言っていた 一番欲しいのはお金ではなくて愛されることである さて誰に愛されたいのだろうね 究極は見えない世界に愛されることだった そして本当に一人ではないことを知る その時 幸せである いつか此処に帰る それが魂の遍歴としての意味だった 私たちは幸せを求めて永遠に旅をしている いつか答えを出さねばならない そして それまで地獄を彷徨っていたことに気づく それからである やがてもう一つの世界への扉を見つけるだろう その時は思い切って扉を開けるが良い 叩けよ さらば開かれん