秩序
2009/09/20
世の中に秩序がある 前世にも来世にもある 知らなかったね この世に於いて 貶めてはならない者がいる 知らずに貶めた 怖いよ 何故だろうね 彼はいった 一休髑髏ご用心 半端ではない 王の目 王の耳 ということもある 壁に耳あり障子に目あり 隠密剣士もいたね ソランもいたし エイトマンもいた かつて政治家はいった 詩人のいうことなど 耳を傾ける暇はない 今はどうだろう 政治は物語ではない 本音だね 確かにそうだけど 言葉にはご用心 政治とは欲望の現実化である 何が真実だったのだろうね
知らないのだろうね 古来日本に秘密がある その謎が解かれる時がある 時代は無事 開かれた 代々の務めだったという 認めたくはないよね しかし事実である 彼はいった 生まれた使命は果たしたよ 日本は大丈夫だよ 知らない世間は構わない 世界は知っている 黄泉も待っていた それは昭和50年のはずだった 或いは昭和56年にもチャンスがあった しかし時の悪戯があった 彼は気づけなかった 三度目の正直である 戦後は殊の外困難だった 此処まで完成させなければならなかった 全共闘的自由は自由ではない
双葉山がいた。69連勝は不滅の記録といわれている。何故だろうね。それは昭和11(1936)年1月春場所7日目から始まった。次の場所からの5場所連続全勝優勝を経て、その間、それまでの連勝記録であった谷風の63連勝を約150年ぶりに塗り替えた。破れたのは、昭和14(1939)年1月場所4日目(1月15日)のことだった。相手は安藝ノ海だった。ところでこの間、角界では打倒双葉山のために日夜研究と稽古があった。早稲田大学出身の笠置山が双葉山の弱点をみつけていた。それは右足を狙えということだった。亦、双葉山は5歳の時に吹き矢が右目に当たり、右目はほとんど失明状態であったという。さて、双葉山は相撲の神様といわれ、その後、別格であった。優勝回数は12回にとどまるが、当時、年に二回しか場所は開かれなかった。69連勝もその意味するところは、3年間、無敗である。これを現代の制度の中で比較して軽々に論ずることはできない。白鳳はこの度優勝すれば双葉山と並ぶことができてうれしいと今場所の抱負を述べた。双葉山を破るのはどの力士であるか。それは何時か。双葉山を破ったのは安藝ノ海だった。決まり手は何だったのだろう。右足外掛けだった。この頃、昭和2年3月7日に生まれた私の父昭亮(あきのり)は8歳から11歳だった。今だったら、小学4年から6年で、少年時代に、双葉山と同時代だった。私の頃は、大鵬と柏戸だった。祖父は中等学校相撲界で活躍していた。こうしたことも気づけないままだった。さて、双葉山は安藝ノ海に負け、心の師としていた安岡正篤氏への打電を依頼した。
学生の頃、もっとも愛読した専門書は『日本の秩序』という本だったろうか。タイトルは定かではない。亦、行政法は柳瀬良寛先生の『行政法講義』だったろうか。インターネットが普及する前にパソコン通信があった。仕事を終えて、『まいトーク』に向かうときが、とても楽しいひとときだった。その後、埋もれたままで良いと思っていた。もはやこの世では私の人生はないと思った。しかしそうではない。やはり種は種である。そしてこの度の一連の作業に心を決したのは、2005/11/26だった。その後、さまざまなブログにも書き散らした。いろいろなことがあった。今となっては楽しい思い出の一つとなった。悔いはない。そして明らかにゴールである。一つの仕事が終わった。方向性は定まったことと思う。二度と悲しみの中に埋没したくはない。本日を以て一連の作戦を終えることにする。憲法の変遷という概念がある。憲法制定権力という概念もある。特別権力関係もあった。防衛施設局は別表だった。この世の最高権力は何処にあったのか。追憶する頃である。即ち、主権在民、国民主権。ある日、あるラジオの某有名女性キャスターはいった。この世の最高権力者が何かいっている。是も彼は聞き逃してはいない。
ここであらためてお詫び申し上げます。時間がかかりすぎたのかも知れません。しかし内容に於いて自負するところがあります。この研究は、これ以上はないところまで達したのではないでしょうか。これより日本の時代です。重要な使命があります。亦、各方面には、常にあたたかい導きがありました。こころよりお礼申し上げます。