方法論の確立



時代はシフトしました。明らかですね。銀行の護送船団方式はなくなりました。何故だったのでしょうね。企業に就職しても終身雇用などもはやありません。年功序列など以ての外です。何故だったのでしょうか。成果主義と実力主義の世の中となりました。時代は後戻りしません。医者の優越もなくなりました。何故だったのでしょうか。裁判も裁判員制度となりました。何故でしょうね。公務員も腐敗しました。彼の求めているものではなかったからでしょうか。生きている意味は何だったのでしょうね。生まれた意味は何だったのでしょうか。何のためあるいは誰のために働くのだったのでしょうか。生命体は何処を目指しているのだったのでしょうか。彼が求めていたものはそれだったのでしょうか。尾崎清彦氏が帰ってきました。ハワイから。ヒロシマでコンサートが予定されています。「また逢う日まで 逢える時まで 別れのそのわけは話したくない」。そのわけがわかったのでしょうか。

神の七つの力を賦与された万物の霊長として、その力を自覚することによって自分のものとなった個々人の本領発揮の時代となりました。何故でしょうね。彼の探していたものがそれだったからでしょうか。そうかも知れません。知らなかったですね。しかしそうであったようです。本来日本を取り戻すことが彼の願いだったのですね。それを探していたのでしょうか。彼とおつきあいした人は感じていました。しかしそこまでとは思っていませんでした。そして今、彼は帰ってきたのです。何が必要だったのでしょうか。未来即ち個人主義自由社会を生き抜くために。それが自覚の内容であり、方法論の確立だったのでした。

難しいのは自覚です。何を自覚するのだったのでしょうか。これが明確にならない限り、この世の人生は始まらないのでした。それぞれの問題であり、既にそれを果たした方々に学ぶしかないのです。そして次に大切なのが方法論の確立でした。これは既に成功した方々に学ぶと同時に、何処までも本来の自分を見つめて出てくるオリジナリティを要するのでした。個別具体性を要するという意味です。そしてその本質は普遍的です。自覚があって、それがあるのでした。

時代のテーマは何だったのでしょうね。愛と平和でした。その意味を確定する必要がありました。それは亦、そのままビートルズのテーマでした。そしてビートルズに『レット・イット・ビー!』があります。これは世界ではそれほど売れませんでした。日本ではよく売れました。日本人の心の琴線によほど触れたのでしょうね。ヨーコ・オノの影響大とするところでしょうか。この曲はビートルズのインド旅行の後で生まれました。インドでラジニーシに逢ってからのことでした。ラジニーシは自らオショウ・ラジニーシと名乗りました。その実践には少々戸惑うところがありました。フリー・セックスが瞑想だったからです。資金源として麻薬シンジケートの疑惑もあったようです。事実かどうかは判然としないのですが、そのような記述に触れたことがありました。しかし、真実の一端ではあったのでしょうね。ビートルズは彼と出逢って何かに目覚め、『レット・イット・ビー』が生まれた事実は否めません。

さて、自由個人主義の時代となりました。それはよちよち歩きから始まり、青春の嵐を通って成熟しました。日本に於いて。そしてこの時代を切り開き、生き抜く精神は何だったのかが明らかとなる頃を迎えたのです。いろいろと思索がありました。それは新しい時代を生きるために必要な方法論を確立するためだったのでした。

そして今、それを明らかにする時が来たのでしょうか。ラジニーシの実践に戸惑うとしても、その精神には学ぶべきところがあるようです。時代は進化しました。自由とは思うとおりにすることだったのです。かつて自由は王侯貴族に限られていました。今は資本家のものでしょうか。それを庶民が手にする時が来たのですね。それは旧約聖書に秘められていた、市民解放、奴隷解放、女性解放の次に来る庶民の解放だったと彼はいいます。良い時代となりました。先日、若いお父さんが小さな娘さんと海浜でスケートボードをして遊んでいました。「良い時代になったね」と話しかけると、輝く目と笑顔で「そうですね」と応えてくれました。コミュニケーション成立でした。

さて、この時代を如何に生きていくのでしょうか。このブログのテーマです。その時の方法論は何だったのでしょうか。生きる目的は自由です。それが本当の幸せだったのです。例えば、小鳥のように日々歌うのも良いですね。ジプシー的生き方でしょうか。これに憧れる知識者は多いのです。放浪ですね。放浪で生きることが出来るなら、それも自由であり、幸せです。しかし私たちは社会の中で生きています。その中で如何に生きるのでしょうか。やはりビートルズの歌うラブ&ピースが良いですね。その至り着いた精神は『レット・イット・ビー』だったのでした。「ある日マリア様が現れていいました。そのままでいいのです。そのままで」。それは素顔のままに生きることだったのでしょうか。素直に生きるということだったのでしょうか。その時、例えば文章の巧拙は問題ではないのです。

私たちは過去の経験則に縛られていたのです。それは資本家にとって都合の良い勤勉な労働者としてであり、学校教育の理念もそれより出来ていました。それに反発するかのように、登校拒否があり、鬱があったのです。そしてそれらは弱者あるいは敗者として処理されていました。そうだったのでしょうか。むしろ彼らの方が純粋であり、素直だったのではないでしょうか。勝利の女神は何を基準に微笑むのでしょうね。正直者の頭に神は宿るといわれます。

ある時、ある大臣がいいました。正直者が馬鹿を見るようではいけない。正直者が馬鹿を見ていたということを認めたのでした。そのような制度だったのです。これが反省されるのでしょうね。しばらく繁栄したのは、日本人を二度と戦争させないための日本精神骨抜き占領政策に乗じた方々でした。しかしその勝手が過ぎたようです。社会理念は悉く腐敗しました。公務員も多くの失態を重ねました。そうした社会の中で、学校教育は子供達に何を教えて良いのかわからなくなりました。時代は今、混沌としています。故に大チャンスとなりました。明治維新に等しいのです。あるいは関ヶ原であり、源平合戦の頃に等しいのです。あるいはフランス革命です。

どういう事でしょうか。時代は新たな秩序を必要としているのです。その生成過程にあります。既に制度を悪用して繁栄した方々は没落しかないでしょうね。まだ制度に汚れていない方々がいます。彼等が新たな次世代を担う知性です。市場主義パラダイムは自己利益優先の故に諸価値を破壊して顧みませんでした。諸価値とは本来日本が目指していたものでした。新しい精神はこの諸価値を実現することを理念とします。

その時、自由と幸せが目的です。方法論としては自分に素直になることです。古い道徳ではタブーであったことがこれからは自由となるのでしょうね。しかしながら、新しい社会契約があるのです。それは個々の幸せの実現を阻害しないことです。例えば鬱の原因となるバイオレンスを排除するのです。それは殺戮を含みます。

見えてきました。新しい人生哲学です。時代は個人自由主義となりました。企業も個人も同等に競争することが出来る時代です。その時、大資本の大資本としての制度的優位性を排除する必要があるかも知れません。大量買い付けにより、価格破壊し、小売業を悉く喰ったですね。しかしそれは自らの首を絞めたのです。大量消費の導いた低価格競争は自らの利益システムをも破壊しました。恐竜だったのです。その巨体を維持できるかどうか、これからが正念場です。企業も潰れて良い社会にしたのは企業自身だったのです。その多くの智慧はどこまでも自己利益追求でありながら、如何にも消費者のためと標榜した欺瞞的なところがあったのではないでしょうか。。故に今、苦しんでいますね。

これからは正直者が活躍する時代となりました。もはや価格競争ではないでしょうね。諸価値の復活です。それが商品価値となるのです。姑息な手段は通用しない。そして人間性が問われるのです。その人から買いたいと思わせる何かです。本来の信用です。しばらく信用とは偏に支払い能力でした。故に仮登記担保と譲渡担保によるまる取りもあったのでしょうか。まさに利益しか考えないイエロー・モンキーが跋扈していました。そうした時代は終わったのです。

本当の幸せを目指す頃となりました。故に欺罔は通らないのです。バイオレンスは以ての外です。アメリカにも上級階層があります。そのメルクマールは何だったのでしょうか。話し方でした。野蛮は通りません。時代は進化しています。既に野蛮の時代は過ぎたのです。故にこの度は革命的に推移しないのです。何処までも穏やかに take off ですね。

そして新しいあるべき人格を確定する必要があります。それがそのままこの時代を生き抜く方法論となるのです。それは何だったのでしょうか。素直さです。強きが故のやさしさです。そして時代は芸術的となります。自分を表現していくのです。それが商品ともなります。あらゆるスターがそうです。基本は心構えの確立した知性です。そして感じる人生を実現するのです。

感じるとは何を感じることだったのでしょうか。幸せです。一切の苦がない。不安がない。憂いがない。疑惑がない。それがラクだったのです。良い時代が来ました。ありのままの自分で良いのです。裸のこころで良いのです。方法論が確立される頃となりました。法華経に「これをもって貿易するべし」とするこれとはこれだったのです。 故に未だ制度的に汚れていない若者達の時代です。彼らは虐げられていました。故に幸いです。若者達の中に、既にバイオレンスとかで汚れた方々はそれを修正してからです。

目指すべきは何でしょうか。本当の幸せです。それがフリーダムでした。そしてどのように生きていくのでしょうか。人格を形成して、好きなように生きればいいのです。思うとおりに生きればいいのです。世界も待っていました。世界に合流です。過去の経験より自由となって。しかし新たな秩序があります。国民主権の観点からする社会契約として。 知性の自由の花は遅れて咲くのでした。秘密を解いたのは彼だったのでしょうか。定かではありません。彼は我慢強かったことは確かです。

2009/04/11