生かされている
大切なことって何だったのでしょうか。生かされているということだったのでしょうか。生かされているなら、生きることが出来ますね。聖書には思い煩う事なかれとあります。ソロモンの栄華も野に咲く一輪の草花の装いには及ばない。小鳥には日々の食事が与えられている。
生きることが難しい日々でしょうか。何故でしょうね。不安の中にいませんか。あるいは何かを怖れていませんか。それとも疑いの中ですか。そうした状況を逃れることが出来ると良いですね。それは出来ないと思われますか。それが出来るとすると良いですね。
それが出来る生き方もあるようです。それが本当の人生だったのかも知れません。どのようにしたらそれが出来るのでしょうか。生かされていることに気づくことでしょうか。大いなる目的があって、それに目覚めると、何もかも自由になるのでしょうか。著名な作家の中には何かに書かされていたと語っている方々が多いですね。
彼はいっていました。真実は神仏の実在とその邂逅であり、その祝福守護だったと。それが大宇宙の法則であり、大自然の法則だったんだっていっていました。本来人間はそれを自覚して本当の人生が始まるんだって。しばらく無神論者が時代を支配しているように見えました。だけど、彼等もいわゆるツキというものをいいます。それ故に、無神論とはいえなかったのです。宗教とか神とか仏とかという概念が一人歩きしてそれらに縛られたくないだけだったのかも知れないですね。現代科学はかつて魂のレベルを語り始めています。この辺りに素直になって、不安も恐怖も疑惑もなくなり、そして自由となれるのでしょうか。
生かされていることを知って、生きることが出来ますね。愛とは自分のためにしないことでした。動植物及び岩石までもすべてを愛し、慈しみ、育み、大切にして、この世は血塗れではない、やさしく好ましい人間関係があるということを知って、笑顔に満ちて、信じ信じられる日々の暮らしがあります。生かされていることを実感するのは、愛の周波数に同調することで始まるのでしょうか。その時、幸せですね。